
ただ姉は、上記のような鬱屈とした感情を、攻撃的な態度に転化させたのか、山本さんにぶつけるようになっていく。
「私が中高生の頃になると、姉は私に攻撃的な言葉をぶつけてくるようになりました。例えば、私が『友達に約束をドタキャンされた』と話すと、『それは性格が悪いあなたのせいだ』と言ってくるんです。
その際、姉は『私はあなたの家族だから、悪いところを指摘してあげているんだ』と、自分の言動を正当化するように説得してくるんです。姉もまたどこか、家庭内の鬱屈とした状況を、私にぶつけることで発散していたのかもしれません」
加えて、姉と同部屋だったことも、息苦しさにつながる要因となった。
「常に部屋の中では姉が優位に立っていたため、一人で気が休める時間もなく窮屈でした。
例えば、姉は大体いつも23時頃に就寝するのですが、私は定期試験や大学受験のため、深夜まで明かりをつけて勉強をしたい時が多かった。ただ、姉は部屋を真っ暗にすると言って聞かず、自室の外に出るしかありませんでした。
それで廊下に移動して、英語の発音などで声を出すと、父から『うるさい!』と怒られる。姿を見せても怒るときがあるので、常にビクビクしながら生活していました」
厄介だったのは、虐待を受けていた高校生まで、山本さん自身に虐待を受けている自覚がなかったことだ。
「正直、父が無視したり、些細なことで怒ってくることに関して真意はわかりませんが、虐待されていた自覚はまったくありませんでした。
それは、父が怒る原因が自分にあると考えていたからです。当時、父が怒るのは、私が小さい頃に何かしでかして、それに対してずっと怒っている。だから無視されたり、怒鳴られても仕方がないと思い込んでいました。
母からも『怒鳴られて言い返せないのが良くない』などと言われていたため、なおのこと私に非があると錯覚していました。後から冷静に考えれば、母は父の虐待を止めずに見過ごしていただけなのですが、当時は私のことを慮っての行為だと錯覚していました。
姉に関しても同様です。私に攻撃的な言葉をぶつけてくるのも、全部私のためを思っての助言だと思っていました。父はともかくとして、生まれながら一緒にいた家族から虐待が向けられているなんて露ほども思わなかったです」
自身に向けられた虐待を、山本さんが自覚し始めるのは大学卒業後。大学に通うため、実家を離れて祖母の家に移り住んでから、ようやく自身に向けられた虐待を自覚し始める。
きっかけは、大学の一般教養の授業で、心理的虐待に関する講座を受講したことだ。そこで兄弟差別の概念を知ると、父が自分だけ不当に無視していた記憶が蘇り、虐待の当事者であるのではと疑いを抱く。
他にも思い当たる節はあった。山本さんは高校生の時から、会食の場で食事が喉を通らなくなる状態にも悩んでいた。
「昼休みの時間や、土日に友達と遊ぶ際に、何人かでご飯を一緒に食べる機会がありますよね。そうした際、身体が硬直してしまって、箸が動かなくなるんです。友達との誘いも断らざるを得なくなり、対人関係を進めるうえで大きな悩みでした。
どうしてもその原因を突き止めたいと、社会人になってから精神科のカウンセリングを受診すると、いわゆる『会食恐怖症』という不安障害の一種だと知りました。
実家で家族と食事をする際、よく父に怒鳴られていたので、その光景を思い出すことで、反射的に身体が拒絶反応してしまうのだということでした」