「急に『待たせてごめんね』と凛とした声で話しかけられて。ハッと振り向くと40代前半くらいの女性登山者が立っていたんです。日焼けした顔に落ち着いた笑みを浮かべながら、おじさんをまっすぐ見据え『この子、私と約束してるんです。先に行ってもらっていいですか?』と言ってくれたんですよ」
突然現れた彼女は、状況を一瞬で見抜いたのか、迷いのない口調でそう告げました。

思いがけない展開に、おじさんは明らかに動揺し「は? 別に俺は何も……」と、先ほどまでの馴れ馴れしさはどこへやら、言葉はしどろもどろに。周囲の視線を気にするように落ち着きを失っていきました。
「さらに女性は一歩も引かず、『一人登山の女性に付きまとうの、マナー違反ですよ。ご存じないですか?』と、きっぱり言い放ってくれて。本当に助かったんですよね」
やがて周囲の登山客たちも異変に気づき、ちらちらとこちらに視線を向け始めます。
「逃げ場を失ったおじさんは、気まずそうに咳払いをすると、目を逸らしながらそそくさと別のルートへと消えていったんですよ」
ようやく張り詰めていた空気が緩み、春菜さんがその場に崩れ落ちそうになってしまうと、「大丈夫? ああいう人、たまにいるのよ」とその女性が、そっと体を支えてくれました。
「その後も女性はにっこり笑って、さりげなく隣を歩いてくれました。しばらくして分岐に差しかかると『ここからは一人で平気ね? 気をつけて。山は逃げないから、嫌な人からは逃げていいのよ』そう言って颯爽と去っていったんですよね」
その背中は、まるで山のように頼もしく、そして静かな強さを感じたそう。
「危うく、しつこいおじさんのせいで山から足が遠のいてしまうところでした。ですが、あの勇気ある女性が差し伸べてくれた手によって、『やっぱり山は、あたたかくて私を癒してくれる場所だ』と感じることができたんですよ」と微笑む春菜さんなのでした。
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<文・イラスト/鈴木詩子>
鈴木詩子
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:
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