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「自分も中絶されていたかもしれない」40代で知った衝撃の事実。57歳男性が私財を投じて“障害児”を救う理由

「優生思想」に思うこと

恵満ちゃん 現在、松原さんは牧師としての活動はほぼできず、退職金を切り崩しながらの生活を送る。  そこまでして事情を抱えた子どもを育てるのは、社会で可視化されづらい存在を救いたい想いが大きいからだろう。前述したように、松原さんの母も中絶を経験しており、「自分も望まれてこなかった子ども」という感覚があったからだ。  それだけに、世間的には「障害や難病を抱えた子どもが蔑ろにされている」と、松原さんは疑問を投げかける。  その1つが「出生前診断」だ。これは妊娠中に赤ちゃんの染色体異常や、先天的な形態異常の有無を調べる検査であり、出生後の早期治療やケアを目的に実施されている。この出生前診断に対して、松原さんは持論を展開する。 「現状では、障害を抱えた子どもに対して、国の予算で支援策もつかなければ、福祉も充実していない。そうした子どもたちの行く場所は保証されていないのが実情です。むしろ出生前診断によって、障害を抱えた子どもを取り除こうとする風潮が高まっていると懸念しています。 『出生前診断によりダウン症の子どもが減った』という見方もありますが、こうした言説を見るとやるせない気持ちにもなります。結局、出生前診断は、障害や難病を抱えた子どもを減らそうとしているのではないか……。 もちろん早期治療などの目的もあるのは重々承知ですが、そうした弱い者を取り除こうと傾く社会が、本当に豊かなのでしょうか。むしろ優生思想につながる怖い風潮だと危惧しています」  側から見れば、障害児やその両親を支援する活動は途方もない労力がかかる。  ただ、根源的なことを言えば、「人の命の重さは異なるのか」「人生に生産性や効率を求めるのは正しいのか」という問いにたどり着く。松原さんの半生からは、それぞれの命に大きさや重さを図る価値観自体が歪んでいると気づかせてくれる。  もちろん当事者の立場になれば、産んで育てるか、中絶するか、社会的養護に託すか。その選択は簡単ではない。  だが少なくとも、松原さんの活動からは、見えない場所で消えかける命があるという現実が浮き彫りになる。支援が追いつかない社会で、重い選択を個人に背負わせていいのか――。松原さんは静かに問いかけている。 <取材・文/佐藤隼秀>
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