もちろん、そんなポップチューンが流れ出したらヒールの歩く音にもリズムをとる息子が黙っちゃいない。合いの手を入れては「フォー!」「ワー!」と叫び出し、曲が終わるごとに盛大な拍手で盛り上げる。なんて出来た客なんだろう。
それを、足も伸ばせない小さなお風呂のなかで、3人が入った状態で繰り広げられるのだ。
そのステージ横となるお風呂のすみっこで、この2人のジャマにならないように縮まる私は、疲れなんてひとつもとれやしない。むしろ疲れて仕方がない。
さらにやっかいなのが、星野 星に扮した娘は、途中途中で私にコール&レスポンスを求めてくるのだ。娘の設定によると、
「星野 星~!」と言ったら
「いえ~い!」と言わないと機嫌を損ねて帰るらしい。お前はいつぞやのエリカ様かよ。
その後もやたらと「次のリクエストは何がいいかしら~?」とマイク(に見立てたシャボン玉の棒)を向けられ、答えに戸惑うと「どんな曲でも歌っちゃうわよ~!」とノリノリで煽り、息子は出来たサクラのように叫び続ける。
しかも、1畳くらいしかない無人の洗い場に向かって、「アリーナ!」と叫び、その声は団地中に響いてしまう。窓はしっかり閉めているが、ここは古い団地。絶対にこの歌声は、毎日多くの人たちに強制的に届いてしまっている。近所の人には、どうか、これが平和の象徴だと思って受け止めてもらいたいものだ……。
というわけで、私のお風呂タイムに安らぎはない。
いつか、星野 星がマイクを置いてくれるその日まで、私はどっと疲れるお風呂で伝説のライブを体感し続けることになりそうだ。
切実にわが娘が、吉田家のアイドル界から引退してくれることを願う。
<TEXT/吉田可奈 ILLUSTRATION/ワタナベチヒロ>
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【吉田可奈 プロフィール】
80年生まれ、フリーライター。西野カナなどのオフィシャルライターを務める他、さまざまな雑誌で執筆。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。座右の銘は“死ぬこと以外、かすり傷”。Twitter(
@singlemother_ky)
- ママ。80年生まれの松坂世代。フリーライターのシングルマザー。逆境にやたらと強い一家の大黒柱。
- 娘(8歳)。しっかり者でおませな小学2年生。イケメンの判断が非常に厳しい。
- 息子(5歳)。天使の微笑みを武器に持つ天然の人たらし。表出性言語障がいのハンデをものともせず保育園では人気者
※このエッセイは隔週水曜日に配信予定です。