Entertainment

紅白“グダグダ演出”に批判続く…演出ナシでは持たない根本問題

 昨年の紅白歌合戦が物議を醸しています。ほとんどは演出面について。『シン・ゴジラ』からピコ太郎と、昨年の流行りものを詰め込んだ出し物はどれも消化不良で、目玉だったタモリとマツコ・デラックスの小芝居も不発に終わったのです。

NHK

NHK紅白歌合戦公式サイト http://www.nhk.or.jp/kouhaku/

 長時間に及んだ“グダグダ”に、劇作家の鴻上尚史氏はツイッターで「人間の生理を無視しているとしか思えない」と呆れ気味につぶやき、伊集院光も自身のラジオ番組で、NHKの真面目さゆえに「スベってた」と断じました。

演出でごまかさないと、あの音楽では間が持たない



 となると、“原点に立ち返るべきだ”とか“そもそも演出なんて要らないだろう”といった声があがるわけですが、そう簡単な問題だとも思えません。

 そもそも今回の出場歌手を見たときに、音楽だけで勝負できる人たちがどれだけいたでしょうか? 全くの演出や出し物なしで4時間半もの鑑賞に耐え得るラインナップだったのでしょうか?

紅白ヒストリー

NHKのサイト「紅白歌合戦ヒストリー」を見ると、4時間以上の編成になったのは平成1~5年、そして平成11年以降。長すぎじゃないの?http://www.nhk.or.jp/kouhaku/history/

 もちろん五木ひろしや石川さゆり、坂本冬美などのベテラン歌手は例外です。今回で言えば、THE YELLOW MONKEY、Kinki Kids、そして島津亜矢あたりは立派なショーマンシップを見せてくれたと思います。ファン以外の人にも印象を残すパフォーマンスだったでしょう。

 その一方で、若手のバンドや歌手には不安しか覚えませんでした。“一体何が好きで音楽をやっているのだろう?”と不可解な人たちばかりで、バックグラウンドが全く見えなかったからなのですね。確かに演奏やサウンドはそれなりなのだけれども、なぜやるのかという根拠を失っているような……。

ゆずの演奏に感じた寒々しさ



 たとえば「見上げてごらん夜の星を」をカバーした「ゆず」。原曲にはないオリジナルパートが加えられていたのですが、あれこれ言うのもアホらしいほどに完全な蛇足だったのです。


 ポップスやソングライティングの歴史にほんの少しでも敬意を抱いていたら、絶対にできないような真似が平気でまかり通っている。過去への配慮を欠いたJポップの寒々しさが、「ゆず」の演奏に集約されていると感じたのです。

 アメリカのソングライター、ドン・マクリーン(マドンナのカバーでも大ヒットした「American Pie」の作者)がこんなことを言っていました。

「もしいい曲を書きたいなら、偉大な作曲家たちの作品を頭にストックしておかなければダメだ。コール・ポーターとかガーシュウィンとかね。加えてアーヴィング・バーリンとかビートルズ、1950年代の名曲に立ち返る必要があるね」
(Paul Zollo 『More SONGWRITERS on SONGWRITING』 Da Capo Press p.598 筆者訳)

 現代の日本で日常的に中村八大や服部良一を意識するのは難しいかもしれません。それでも指摘しなければならないのは、真面目で一生懸命だからといって何をしてもいいわけではないということです。

「見上げてごらん夜の星を」を聴いて何か付け足そうと考える人たちの音楽に、一体何を期待したらいいのでしょう。

次のページ 
miwa、セカオワ…が心配になってくる

1
2




あなたにおすすめ