「夫に裏切られていたんだと思ったけど、なぜか怒りの感情はわいてきませんでした。彼女が差し出した写真には、夫と3歳くらいの男の子が写っていた。
夫がとろけるような笑顔でした。その笑顔を見たときは頭が真っ白になりましたね」
なぜか「今後、どうしましょうか」という言葉が口から出て、アヤカさん自身、びっくりしたという。
「まだ夫の預貯金も調べていなかったから、夫にどのくらい遺産があるのかわからない。その子の学費もあるでしょうし、
今後、困らないようにしなくちゃとなぜか考えていました」
本当に実感がわいてきたのは、彼女たちが帰って、夜、ひとりになってからだ。夫の裏切り、という言葉が頭の中で渦巻いていた。
「
その晩は吐き続けました。夫の親友が心配して翌日来てくれたんですが、私の様子がおかしかったので、そのまま病院へ連れていってくれて。1週間ほど入院しました」
四十九日に、彼女は夫の愛人とその息子を呼んだ。だがふたりは来なかった。迷惑をかけたら申し訳ないという理由だったと夫の親友が教えてくれた。
「彼女を愛した夫の気持ちが少しわかるような気がしました。
私はがさつなタイプですが、彼女は非常に繊細な人で、夫はそこに惚れたのかもしれません」
夫に財産といえるほどのものはなかった。息子名義で彼が積み立ててくれていた預貯金があるからお返ししますと彼女に言われたが、アヤカさんは受け取らなかった。
「
なぜか彼女が憎いという気持ちもわいてこなくて。何をどう言っても夫はもういませんからね。私の感情が止まっているだけなのか、本当に怒りがないのかは今もまだわかりません」
夫の愛人とはたまに連絡をとりあう。息子と一緒に会ったこともある。働きながらひとりで子育てをしている彼女に自由時間をプレゼントするために、つい先日、半日ほど息子を預かった。
いつしかふたりの間には強固な信頼関係ができていたのだ。
「お互いにまだ本音のところは言えていない気もしますけどね。
あるとき急に彼女のことが憎くなったりするのかしら。自分の気持ちさえわかりません。ただ、彼女の息子は夫の息子だし、子どもに罪はないと思うので」
冷静なのか、押し殺してしまった感情の出てくる余地がないのか、アヤカさんは淡々と話した。夫の不在に関しては無条件に涙が出るようだが、子どものこととなると目は潤まない。まだまだ気持ちは整理できないというが、整理しないままに子どもへの情が深まっているのかもしれない。
<文/亀山早苗>
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