「それからは会えたら手紙を渡すようにしています。彼も手紙をくれます。今どき手紙のやりとりで気持ちを伝え合っているなんて古くさいけど、それしか方法がない。あとはたまに、早朝会議と偽ってふたりとも早く家を出て乗り換え駅近くのカフェで少しだけ会って話すんです。
最後にそっと手を握り合って別れる。せつないけど、今はこうするしかありません。彼はそのうち奥さんに内緒でもう一台スマホを手に入れるからと言っていますが、もう一度バレたら、完全に会えなくなるような気がして、それも怖い」
いつかまたベッドを共にしたい思いはある。だが、それ以上に彼女が望んでいるのは、彼の顔を見られること、そして手紙でもメモでもいいから彼の日々の一端を知ること。
「それ以上は望まないようにしなければと思っています」
半年あまりで突然断ち切られた恋心。監視が厳しくなった状態でも、なんとか会いたいと思う情熱。どちらも夫婦としてうまくいっているわけではないのに、それでも家庭を守らなければならないのは責任感からだろうか。
「大人の都合で子どもに不憫な思いはさせたくない。彼とはいつかゆっくり会えたらそれでいい」
マヤさんは自分に言い聞かせるようにそう言った。彼女は覚悟に満ちた凜とした表情を見せたが、聞いているこちらはひどくせつない思いにかられてならなかった。
<文/亀山早苗>
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