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「20代で消える」と言われていた48歳スーパーモデル。デビュー当時も超キュート

 元祖スーパーモデルとして一時代を築いたナオミ・キャンベル(48)。日本でも知名度は高く、ファッション以外でも久保田利伸と「LA・LA・LA LOVE SONG」でデュエットし話題となった。  15歳でデビューした当時は11年しか持たないと言われていたというが、今年でデビュー33年目を迎えられ「とても祝福された」気分だという。これまで500回以上雑誌の表紙を飾り、ファッション界のアイコンとして君臨し続けているナオミ。アラフィフとは思えない美しさの秘訣はどこから来るのだろうか?
ナオミ・キャンベル

ナオミ・キャンベル

 33年目を迎えたナオミは、デビュー当時に撮影された自身の写真をインスタグラムに投稿。自身の夢を信じ続けてくれた母親のヴァレリーさんや友人達に感謝の気持ちを伝えている。  

デビュー当時は11年で消えると言われていた

11年しか持たないって言われたけど、今日ファッション業界で33年目を迎えたわ!とても祝福された気分だし、神様に感謝している。ソーシャルメディアでこんなメッセージを書く日が来るなんて思いもよらなかったわ」 「私の美しい母ヴァレリー・モリス。3歳の女の子の夢を信じて、私のやりたいようにさせてくれてありがとう。あなたの愛と支えのおかげで私はここまでこれたの。愛しているわ。ママ」 「長い間この素晴らしい旅路を一緒に歩いてくれて、またどんな時も私を支えてくれた家族や友達、あなたのことよ。ありがとう」
 ロンドンで生まれ、アフリカ系ジャマイカ出身の母ヴァレリーさんのもとで育ったナオミ。ヴァレリーさんは元ダンサーで、モデルとしても活動していたという。生後間もなく出て行ったという父親については、身元が明かされてこなかったが、一説によると中国系ジャマイカ人ではないかといわれている。  小さいころからミュージックビデオに出演するなど芸能活動を行っていたナオミだが、本格的にモデルの世界に入ったのは、15歳のときにロンドンでスカウトされたことがきっかけだった。  モデルを始めて間もなく、企業広告に起用され、1988年には黒人モデルとして初めてフランス版『VOGUE』の表紙を飾った。当初は黒人モデルの起用に難色を示したヴォーグだったが、ナオミの友人だったデザイナーのイヴ・サン=ローラン氏が自身のブランドの広告を誌面から全てはずすと脅すほど、強く推薦したことで実現したといわれている。
 そんなナオミは、今後も仕事のペースを緩める予定は全くないようだ。 「私は、ほぼ毎日飛行機を乗り換え都市から都市を渡り歩いている。常に働いているわよ。友達はいつも、もう少しゆっくりしたらって言うんだけど、私のキャリアは今、ビジョンが研ぎ澄まされた時を迎えているの。私には使命がある」 「次世代を育てるという使命。私がいるファッション業界を、多様で機会均等の場とする使命。アフリカという素晴らしい大陸に対する見識や語りを変えるという使命もね! 私がいつ休むかは神様が決めること。それまでは、頑張るつもりよ。大いなる愛をこめて。ナオミ」

性格は気まぐれで短気な女王様?

 それにしても、アラフィフとは到底思えないナオミだが、一体どのように若さや美しさをキープしているのだろうか?  これまでのインタビューで、ナオミは次のような美の秘訣を語っている。朝起きてまず最初に常温の水を飲む(しかもライム汁入り)、肉・砂糖・アルコールはとらない、ヨガなどのエクササイズを積極的に行う…などなど。  一見シンプルに見えるものばかりだが、日常生活でこれらの習慣を続けるのはけっこう大変ではないだろうか。アラフィフながら、自己管理のもと美しいプロポーションを保っているナオミ、さすが元祖スーパーモデルである。  一方で、遅刻2時間は当たり前! といわれるほど時間にルーズで、気まぐれで短気なことでも知られるナオミ。アシスタントや家政婦、ドライバーやパパラッチなどへの暴行で逮捕・起訴されたことは数知れず。またあるときには、ロンドンの空港で自分のバッグが1つなくなったことに立腹し、空港関係者を暴行、「英国航空(ブリティッシュ・エアウェイズ)」の利用を禁止されたことも。  こうしたわがままな「女王様」ぶりがうかがえる数々の伝説が残されているが、それでも33年間、ファッション界のアイコンとして愛されてきたナオミ。この最強モデルの勢いはまだまだ止まらなそうだ。 <文/BANG SHOWBIZ、女子SPA!編集部>




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