「もう我慢できない。今日、うちに来て」
そう言いながら彼女は彼に抱きつこうとしたが、体を躱(かわ)された。
「そういう状態じゃないんだよ、うちは。わかってくれよ。毎日、妻がイライラしていて、それをなだめるのが大変なんだ。彼はそう言いました。
じゃあ、私の気持ちはどうなるのかと聞いたら、『オレに家庭があるのはわかっていただろう』と。
頭に来て、『会社にばらす、あなたの家庭にもばらす』と言ったら、『あのときのおまえの写真をネットで世界中にばらまいてやる』『親に見せてもいいんだよ。どっちが会社に残れるかな』と言われました。こんなことを言う人だったのか、とショックで」
彼はその直後、涙ぐみながら「オレのつらさをわかってくれるのはアキエだけだ」と抱きしめた。だが彼女の気持ちは冷めていく。
彼女は「彼に迷惑をかけたり不安にさせたりしたくなかった」から、たとえば彼の寝顔などを撮影したことはなかった。自分には脅す材料がないのだ。
「彼のことが好きだったから……。私の気持ちはそれだけなのに、それを彼は踏みにじったんですよね」
結局、彼女は彼の顔を毎日見るのがつらくなって会社を辞めた。別れてから2年、彼は出世し、いくつかの部署を束ねる局長となったそうだ。
「不倫とはいえ、本物の恋愛だと信じていた私がバカだった。いざとなると男は会社での立場、家庭の安定を取るんだとよくわかりました」
彼女は会社を辞めてから正規雇用されず、今は非正規で収入も激減した。あんなに好きだったのに裏切られた。いつか仕返ししてやりたいという気持ちと、それでもまだ彼を慕う気持ち。その狭間で彼女は今日も揺れている。
<文/亀山早苗>
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