「その時点ではKさんとつきあうことになるとは思ってもいませんでした。だけど興味をもたれたのはうれしかったし、Kさんから来たメッセージの返事をしないのもおかしい。だけど、本音を言えば、私もKさんのことがイヤではなかったんです。というかむしろ興味があったかもしれない」
ゆっくりした、少し甘えたような口調で話すのがユカコさんの特徴だ。こうやって話されたら、男性としては気を引かれるだろう。
その後、ユカコさんはKさんとふたりきりで会った。
「確かに彼の奥さんの実家はとても裕福らしくて。だけど彼は決して家庭で満たされてはいない。そのときKさんがなにげなく、『オレと同期の、そうだきみのところの部長、ああいうふうに家庭がうまくいっているのが理想だなあ』と言ったんです。
その言葉で私の心になんとなく火がついてしまった。Kさんの食事後の誘いを断りませんでした」
大好きな部長だが、結局、あちらは家庭がうまくいっているのだ。自分などどうせ刺身のつまみたいなもの、彼の人生の彩りに過ぎない。そう思うと、目の前の孤独なKさんと自分が重なってしまったのだという。
その結果、3人とつきあうことになってしまったのだ。1年後、直属上司は家庭の事情で退職、Kさんは単身赴任で地方にいる。彼女は部長と関係を続けながら、ときおりKさんに旅行がてら会いに行くのだそう。
「今思えば、3人それぞれいいところがありました。だけど3人とつきあっている実感はあまりなかった。既婚者とつきあうのって寂しいんですよね。ひとりでいるのがイヤというとき、3人いれば誰かが助けてくれる。既婚者3人でちょうど1人分、というか……」
それにしても、部長と直属上司、部長と同期という関係の3人。最初はいろいろあったが、結局、それぞれに「あなただけ」と思わせることができたのは同性としてすごいと思う。
「目の前の人しか見ていないから、疑惑をもたれなかったのかもしれません」
女性は、未婚既婚問わず“女優”なのかもしれない。息をするように演技ができるのだ。男性はウソをつかれているとは思っていない。ユカコさんに悪意はない。無邪気に自然に演じ分けているのだろう。
<文/亀山早苗>
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