「家族の話をすると記憶が消える」「手に熱湯をかけても何も感じない」24歳・虐待サバイバーが語る“PTSDのリアル”<後編>
「私、家族のことを喋ると記憶が無くなってしまって……。取材時の音声を共有してもらえますか?」
取材対象者の山本楓さん(仮名・24歳)は、録音を始めると開口一番そう告げた。
山本さんは思春期に、心理的虐待を受けており、それが影響してPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されている。前編では虐待の内容について触れたなか、後編では虐待による精神的な症状を明かす。
【前編を読む】⇒「兄弟の中で私だけを無視」突然始まった父からの虐待。24歳・虐待サバイバーが明かす“後遺症”の数々とは
その一例が、冒頭の通り、「家族に関する話をすると記憶が抜け落ちてしまう」ことだ。つらい過去から目を背けるように、山本さんは記憶を失い、気がついたら自傷行為の痕跡が残っていたことも珍しくないという。
いまでは広く知られるようになったPTSDだが、その実態は深く知られていない。山本さんが、子どもの頃に受けた虐待を吐露しつつ、PTSDの実態を打ち明ける。
山本さんが、自身が虐待サバイバーであると自覚したのは、実家を離れて大学生になって以降だった。
一方で、それ以前から、心理的虐待の影響による兆候は現れていた。
発端は、高校1年生の時に、過呼吸を起こしたことに始まる。家庭内で父から怒鳴られ、過度な緊張下に置かれ続けたせいか、交感神経が過剰に活性化し、突発的に呼吸が速く浅くなったと振り返る。
「高校には自転車通学していたのですが、道中で漕げなくなるほど息が切れて、そのまま道路に倒れ込みました。過呼吸が長引いた時は、血中の二酸化炭素の濃度が低下するので、次第に手足がしびれ始めるんです。
当時は、虐待を受けている自覚もなかったので、いったい何が起きたのかと焦りました」
また、高校生の頃から、山本さんは自傷行為に走るようになる。それが抜毛、足の毛を何時間もかけて抜く行為だった。
毛穴から血が出るほど、思いっきり皮膚を引っ張ることで、家庭内での息苦しさを、一時的な痛みで紛らわせた。今でも山本さんの足には、抜毛の傷跡が残っているという。
他にも思い当たる節はあった。山本さんは会食の場で、途端に食事が喉を通らなくなる状態にも悩んでいた。
「昼休みの時間や、土日に友達と遊ぶ際に、何人かでご飯を一緒に食べる機会が出てくると思うんです。そうした際に、身体が硬直してしまって箸が動かなくなるんです。友達との誘いも断らざるを得なくなり、対人関係を進めるうえで大きな悩みでした。
どうしてもその原因を突き止めたいと、社会人になってから精神科のカウンセリングに通うと、いわゆる『会食恐怖症』という不安障害の一種だと知りました。実家で家族と食事をする際、よく父に怒鳴られていたので、その光景を思い出すことで、反射的に身体が拒絶反応してしまうのだと」
精神科を受診するなかで、虐待による後遺症で、PTSDであると診断された。
PTSDとは虐待や暴力など、強い恐怖や無力感を伴う体験をした際、その記憶が脳で正常に処理されないまま残り、日常生活の中で支障をきたす精神疾患の一種だ。
代表的な症例としては、①フラッシュバックなどの再体験、②対人関係や特定の話題を避ける回避行動、③不眠や動悸などの過覚醒、④自己否定や感情の麻痺などが確認されている。山本さんの事例で言えば、不安障害や会食恐怖症、対人関係に支障をきたすことも、これらに該当すると思われる。
「私の場合、感覚が麻痺している症状が酷かったです。虐待の記憶が蘇ったときは、手に熱湯をかけるなどして、精神的な苦痛を紛らわしていたのですが、火傷でヒリヒリする痛みはほとんどありませんでした。
心理的にも同じです。例えば、他人にひどいことを言われても、すぐに傷つくわけではなく、何時間か経ってから腹痛に襲われる。時には過呼吸も起こりますが、その瞬間は自分が暴言を吐かれて傷ついている自覚がないんです。
あくまでも私の主観ですが、危機的な状況に置かれると、無意識に現実を遮断してしまう。だから自分が傷ついていることを認知できないのだと思います。いまだに『つらい』という感情がどういうものなのか、自分でもよくわからないんです」
山本さんは、父の虐待を放置していた母や、家庭内の鬱屈とした空気を自分にぶつけてくる姉の加害性に気づけなかった。そうした過去も、自身の感情に蓋をする要因となったのかもしれない。
「痛みを感じにくい」「感情が分からない」という感覚麻痺。山本さんは直接言及しなかったものの、これらは強烈なトラウマから心を守るための防衛反応「解離症状」の一種と言われている。
解離症状とは、トラウマ体験が強烈すぎるため、心を守るための防衛反応として、意識や記憶、感情などを一時的に分断してしまう状態を指す。代表的な症例としては、記憶を失う「解離性健忘」や、自分の感情や身体感覚が遠のいたように感じる「離人症」、周囲の世界が現実ではないかのように感じられる「現実感喪失」などが挙げられる。
これらは本人の意思や性格によるものではない。逃げ場のない過酷な環境下で、自分を保ち、生き延びるために身につけざるを得なかった「命を守るための反応」なのだろう。
何時間も足の毛をむしる
「『つらい』という感情がわからない」
精神科を受診するなかで、虐待による後遺症で、PTSDであると診断された。
PTSDとは虐待や暴力など、強い恐怖や無力感を伴う体験をした際、その記憶が脳で正常に処理されないまま残り、日常生活の中で支障をきたす精神疾患の一種だ。
代表的な症例としては、①フラッシュバックなどの再体験、②対人関係や特定の話題を避ける回避行動、③不眠や動悸などの過覚醒、④自己否定や感情の麻痺などが確認されている。山本さんの事例で言えば、不安障害や会食恐怖症、対人関係に支障をきたすことも、これらに該当すると思われる。
「私の場合、感覚が麻痺している症状が酷かったです。虐待の記憶が蘇ったときは、手に熱湯をかけるなどして、精神的な苦痛を紛らわしていたのですが、火傷でヒリヒリする痛みはほとんどありませんでした。
心理的にも同じです。例えば、他人にひどいことを言われても、すぐに傷つくわけではなく、何時間か経ってから腹痛に襲われる。時には過呼吸も起こりますが、その瞬間は自分が暴言を吐かれて傷ついている自覚がないんです。
あくまでも私の主観ですが、危機的な状況に置かれると、無意識に現実を遮断してしまう。だから自分が傷ついていることを認知できないのだと思います。いまだに『つらい』という感情がどういうものなのか、自分でもよくわからないんです」
山本さんは、父の虐待を放置していた母や、家庭内の鬱屈とした空気を自分にぶつけてくる姉の加害性に気づけなかった。そうした過去も、自身の感情に蓋をする要因となったのかもしれない。
「痛みを感じにくい」「感情が分からない」という感覚麻痺。山本さんは直接言及しなかったものの、これらは強烈なトラウマから心を守るための防衛反応「解離症状」の一種と言われている。
解離症状とは、トラウマ体験が強烈すぎるため、心を守るための防衛反応として、意識や記憶、感情などを一時的に分断してしまう状態を指す。代表的な症例としては、記憶を失う「解離性健忘」や、自分の感情や身体感覚が遠のいたように感じる「離人症」、周囲の世界が現実ではないかのように感じられる「現実感喪失」などが挙げられる。
これらは本人の意思や性格によるものではない。逃げ場のない過酷な環境下で、自分を保ち、生き延びるために身につけざるを得なかった「命を守るための反応」なのだろう。
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