『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる』のはなぜか?
そうした流れは、専門学校にとどまらず、アメリカの名門大学にも及んでいる様子。音楽を積極的に取り入れるリベラル・アーツ教育の現場を詳細に記した『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる』(菅野恵理子 著)。
受験大国の日本では「役に立たない」と、肩身の狭い芸術の分野ですが、彼らの見方は異なります。
<世界の難題に立ち向かうには技術や科学的創造力に加え、文化・政治・経済活動を営む人間そのものの複雑さに対する理解が必要である。(中略)人文・芸術・社会科学の学びをとおして培われる文化的・歴史的視点、創造力、判断力、コミュニケーション力、批判的思考力が、イノベーションを生み、知性あふれる人間を生み出すのである。>
(マサチューセッツ工科大学 2013・2014年度の公報より)
<スタンフォードのような研究大学において、芸術の役割は複合的かつ多面的なものです。(中略)また音楽学部に限らず全学部の学生にとって、芸術は不可欠で不可避なものだと考えています。芸術はあいまいさを受け入れ、創造的に考え、問いかけ、また挑戦することを教えてくれます。>
(ジョナサン・バーガー スタンフォード大教授)
もちろん、誰もがTHE BRIT SCHOOLに通うわけではありませんし、MITやスタンフォードで学べる人など、ごく限られた数です。しかし、それでもなおここで共通しているのは、人間そのものへの興味という単純かつ永遠のテーマであるように思います。
そして、そこにアプローチする手段として、有用なのが音楽。単なる外付けの教養ではなく、実際に生きていく中で、あいまいで決まった解答のない問題にどれだけ真剣に向き合ってきたかが重要だとする信念。
もしも、音楽を再び娯楽の王とし、長いスパンでそれを楽しむ層を増やしたいのなら、程度の差こそあれ、こうした学びを根強く繰り返していく道以外にないのだと感じます。
そのうえで、『WIRED』の若林編集長は、カール・ポランニー(オーストリアの経済学者)の言葉を引いて、音楽が導く未来像に思いを馳せます。
<「私が願うのは(中略)経済システムを再び社会の中に吸収することであり、われわれの生活様式を産業的な環境に創造的に適応させることである」>
これが理想論に過ぎないという指摘も、もっともでしょう。けれども、この膨れ上がった音楽産業を作り上げた当のイギリスやアメリカが足並みを揃えるように、教育という遠回りの投資を積極的に行っている事実も、また無視できないのです。
<TEXT/音楽批評・石黒隆之>
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石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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