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aiko・38歳が新アルバムでみせた、エロティックな新境地

『泡のような愛だった』初回限定仕様盤

『泡のような愛だった』初回限定仕様盤

 aikoの約2年ぶり11枚目のアルバム『泡のような愛だった』が5月28日にリリースされました。 「花火」や「カブトムシ」など数多くのヒット曲を持ち紅白歌合戦への出場も12回を数えるaikoは、いまや日本を代表する女性シンガーソングライターと言っても過言ではないでしょう。  そのポップセンスは桑田佳祐や椎名林檎、さらには菊地成孔のようなジャズメンを魅了する奥深さと、ライトリスナーの琴線にも触れる親しみやすさの両方を兼ね備えているという点で非常に稀有なものなのだと思います。

ベストトラック「4月の雨」の鮮烈な3行

 その魅力は今回も健在ですが、少しばかり色合いが変わってきたことも事実。かつて『週刊文春』の名物連載「考えるヒット」で2001年の大ヒット曲「ボーイフレンド」を取り上げた近田春夫は「音が笑っている」と称賛しました。  しかし『泡のような愛だった』に収録されている楽曲に“笑っている”様子はありません。スローなバラードのみならず、ギターをたっぷりと歪ませコードがあちこちに寄り道する「染まる夢」や「Loveletter」といったアップテンポな曲でも、地に足が着いて暴れているといった様相で、どこか寂しげです。  年相応に地味になったのか、はたまたプライベートが影響しているのか分かりませんが、いずれにしろaikoにとって重要なターニングポイントになりそうなことは確かです。 ⇒【YouTube】『4月の雨』music video short version
http://youtu.be/jf9deCRecJg
http://youtu.be/jf9deCRecJg  そんな本作のベストトラックは「4月の雨」。02年発表の名曲「おやすみなさい」を思わせるバラードですが、コーラスで歌われる3行の詞の切れ味は鮮烈です。 <4月の雨 ゆっくり肌を濡らす知らせ あなたもどこかで同じ時を生きている>  単語のひとつひとつを見れば、何もエキセントリックではない。どれもごくごく一般的なものでしかありません。しかしその組み合わせと並べ方、そこからたった一つの触感に至って「あなた」を思い出すという飛躍こそが、aikoの詞の真骨頂なのですね。  雨粒が薄い皮膚を伝い、その下の柔らかい脂肪で感じる冷たさと湿り気が「あなた」なのだという、なんともいやらしい歌詞です。かねてから「恋愛ジャンキー」を自認するaikoですが、ここでの彼女は“性愛マスター”と呼びたくなるほどです。  川端康成の「雨傘」という短い小説に次のような一節があります。 「少年は少女のうしろに立って、二人の体がどこかで結ばれていると思いたいために、椅子を握った指を軽く少女の羽織に触れさせた。少女の体に触れた初めだった。その指に伝わるほのかな体温で、少年は少女を裸で抱きしめたような温かさを感じた。」(『掌の小説』所収)  それにしても「ゆっくり肌を濡らす知らせ」というフレーズは絶品です。目で見て鮮やかな字面であるし、音読すると鼻腔がほんのり温かくなるようにも感じられる。詞のもつサウンドの側面においても、エロティックな響きを与えています。

aikoが上手く年を重ねるターニングポイントに

 この抑制された詞にふさわしいアレンジメントを施しているのは、もちろん島田昌典。ファンならご存知の通り、長年に渡ってaikoの奔放な節回しに音楽的な裏付けを与えてきた才人です。もはやプロデューサーやアレンジャーと言うよりも、共作者と呼ぶべき存在でしょう。  詞の一音節ごとに違った和音を割り当て、売れるポップスとして成立し得る範囲においてハーモニーとリズムで目一杯遊ぶ。近田春夫が「笑っている」と称したのは、ミュージシャンシップとショーマンシップとがせめぎ合う真剣な遊びを感じ取ったからなのではないでしょうか。  しかし「4月の雨」でのaikoと島田昌典は、この遊びを徹底的に禁じています。詞の言葉数が制限され節回しが整理されることで、より明確なメロディとして楽曲に鎮座する。  するとかつてはaikoの奔放さに刺激されて引き出されていたかに思われるカラフルなハーモニーも、それに付き合って落ち着くのですね。歌詞のワンフレーズが終わるまで、音楽だけ勝手に移動することがない。ひとつの和音の響きをじっくりと味わえるようになっています。 「カブトムシ」や「おやすみなさい」といったかつてのバラードでは日本語のやわらかさに頼って音楽的な遊びを盛り込む部分もありましたが、「4月の雨」にその種の甘えはありません。単語のアクセントや発話のイントネーションと流れを極力崩さないように、慎重に音楽が添えられている。もしかしたら物足りなさを感じるファンもいるかもしれませんが、それこそが楽曲の骨格になっているのです。 ⇒【YouTube】『カブトムシ』music video short version
http://youtu.be/WMPO5qgm39E
http://youtu.be/WMPO5qgm39E ⇒【YouTube】『おやすみなさい』music video short version
http://youtu.be/AWbhUJad4bI
http://youtu.be/AWbhUJad4bI 「4月の雨」は、aikoが上手く齢を重ねていくきっかけの一曲となるのではないでしょうか。アイデアの手数を間引いていくことで曲が淀みなく流れていき、ソングライターとして見事に成熟した姿を見せてくれています。いつか川村結花の「Lush Life」のような傑作をものする日が来るに違いない。そんな期待を抱かせる、見事な楽曲であります。 <TEXT/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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泡のような愛だった(初回限定仕様盤)

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