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シェアハウスを始めた理由の一つは「モテたかったから」|夜のこと

「小説を書きたい」とつぶやくあの子に近づきたくて僕はいま“夜のこと”を書いている――。  作家のpha(ファ)が自らの恋愛遍歴をベースに小説を書き始めたのは、“あの子”と文章を見せ合うためだった。  手をつないだだけで気持ちいい女性、部屋のいたるところにカッターナイフが置いてある女性、上下に揺れながら彼氏ができたことを報告してくる女性。これまでに出会った女性たちとの思い出を下敷きに小説を書いては送る。 “あの子”には早々に告白して振られてしまったが、それでも関係性を保とうと書き続けた。ここにその掌編小説の一部を公開する。  ※当連載は、同人誌即売会・文学フリマ東京で発表され話題を呼んだ『夜のこと』(全二巻)に掲載された文章を大幅に加筆修正したもので、一冊にまとめた私小説版『夜のこと』は11月15日発売。 夜のこと

【第一回】二階と三階

 シェアハウスを始めた理由の一つとして、モテたかったから、というのがあったのは否定できない。  僕は外に出かけるとすぐに疲れて家に帰りたくなってしまう。飲み会などは騒がしいから苦手だし、気になった女性を直接デートに誘うのも勇気がなくてできない。そんな自分が友達を作るには、そして女性と出会うには、自分の家になんとなく人がたくさん集まるようにするしかない、と思ったのだ。アウェイな場所では自信が持てない僕でも、自分の家なら堂々と振る舞うことができる。蜘蛛のように巣を張って、自分の一番得意なフィールドに人を誘い込むという作戦だ。  そんなことを考えていた僕は、二十八歳のときに会社を辞めて無職になったのをきっかけに、東京に出てきてシェアハウスを始めた。その企みはうまくいって、シェアハウスを始めてから、男性も女性もどちらも含めて、たくさんの人と仲良くなることができた。やはり、自分が一番得意な場所にいるときに人は一番モテるのだ。  ミズノさんも、シェアハウスで出会った女性の一人だった。  彼女はもともとツイッター上での知り合いだった。埼玉の実家で暮らしている彼女は親との折り合いがずっとよくなくて、家を出たい、としきりにツイッターでつぶやいていた。彼女には会ったことがなかったけれど、うちのシェアハウスの部屋が一つ空いてるので住みませんか、と誘ってみたら、本当に引っ越してくることになったのだ。  ミズノさんは三階の空き部屋に入った。僕はそのちょうど真下の、二階の部屋に住んでいた。僕は三十歳で、彼女は二十六歳だった。  ツイッターではそこまで頻繁に話していたわけではなかったけど、毎日のように顔を合わせると、必然的に仲良くなっていった。一緒にスーパーに買い物に行ったり、近所の喫茶店で偶然鉢合わせて、そのまま二人でお茶を飲んだりした。彼女とは音楽や漫画の趣味が合った。同じ家に住んでいると本をすぐに貸し借りできるのが便利だった。  彼女が一番好きな曲だと言って教えてくれた曲は、すぐに僕のお気に入りにもなって、毎日のようにユーチューブで再生して聴くようになった。その曲の歌詞は、自分のことを特別だと思っている男の子と自分のことを特別だと思っている女の子が出会って、ごくごく平凡な恋をするという内容だった。  ミズノさんには仲のいい彼氏がいるのを知っていたから、口説こうとかそんなことを考えていたわけではなかった。一緒に住んでいる人とややこしいことになるのは面倒臭い。関係がおかしくなったらどちらかが出ていかないといけなくなる。住と性は切り離しておくべきだ。  だけどある日、本棚を見せてよ、とかそんな会話をしているうちに、彼女の部屋に入ることになった。下心はなくても、女性の部屋に初めて入る瞬間はいつもわくわくする。  彼女は実家からあまり物を持ってこなかったらしく、彼女の部屋にはベッドとテーブルと小さな本棚があるだけだった。本棚には国内外の女性作家の小説が並んでいた。  本を見せてもらったあと、紅茶を飲みながら二人でおしゃべりをしていた。しかし、十五分くらいすると、僕はなんだか落ち着かない気持ちになってしまった。  人の部屋に行くといつも、自分はここにいていいのだろうか、と不安になってしまう。 自分がいるのは迷惑じゃないだろうか。彼女は一人で部屋でくつろぎたいのに、僕がいるせいでそれができないんじゃないだろうか。切り上げどきがわからない。  別に何か変なことをしたいわけではない。普通に友好関係を築きたいだけだ。部屋に入るというのはセックス可能のサインとか思ってる野蛮な男と自分は違うのだ。  そんなことをぐるぐる考えてよくわからなくなってしまった僕は、会話がちょっと途切れた瞬間にすかさず、 「じゃあそろそろ帰るよ。本見せてくれてありがとう」  と言いながら部屋を出て、ワンフロア下の自分の部屋に戻った。  見慣れた自分の部屋で布団に寝転がる。ああ、疲れた。人と話すのは疲れる。やはり自分の部屋で一人でいるのが一番だな。  しかし、しばらく休んで気力が回復してくると、ちょっと素っ気なく帰りすぎたのではないか、という気がしてきた。よく考えたら、ミズノさんはもう少ししゃべりたがっていたような気もする。僕が余計なことを考えすぎていたんじゃないか。突然帰ったことでむしろ気を悪くしていないだろうか。  そんなことを考えだすと落ち着かなくなってきて、また階段を上って、彼女の部屋を訪ねてしまった。 「ごめん、やっぱりもうちょっとしゃべりたいと思ったんだけど」  彼女は「あ、いいよ」と言って招き入れてくれた。  さっきと同じ座布団に座って、しばらく雑談をした。三十分ほど話すと、話題もなくなってきたし、もう十分だ、という気分になってきたので、「じゃあ」と言ってまた自分の部屋に帰ってきた。  再び布団に寝転がって休む。枕に顔を埋めると自分の匂いがする。落ち着く。  だけど、しばらくするとまた雑念が湧いてきた。おしゃべりは十分にできたけど、本当に言いたかったことを実は言えてないのではないか。彼女の部屋に行くなんて千載一遇のチャンスだったのに、自分は愚かにもそれを逃してしまったのではないか。  そう思うといてもたってもいられなくなってきて、また彼女の部屋を訪ねてしまった。  三度目に行ったときにはさすがに彼女も、また来たの、とあきれた感じだった。  だけど僕は三度目でやっと、 「ちょっとだけ抱きしめさせてもらえませんか」  ということを言えたのだった。  ミズノさんは、「もっと早く言えばいいのに」と言って、口をとがらせた。 <文/pha(ファ)>
pha(ファ)
1978年、大阪府生まれ。作家。京都大学総合人間学部を24歳で卒業したのち、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて“社内ニート"になるものの、30歳を前にツイッターとプログラミングに衝撃を受けて退社し上京。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を主宰し、"日本一有名なニート"と呼ばれた。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『どこでもいいからどこかへ行きたい』などがある。 初の小説『夜のこと』が11月15日発売。
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