食べ物で遊ぶ、盛大にこぼす…「ママ友の子ども」の食事マナーが悪くて疲れてしまう人に伝えたいこと
こんにちは、食文化研究家のスギアカツキです。『食は人生を幸せにする』をモットーに、「一生モノの能力を養う食育」についてさまざまな実践法を提案しています。
ある日、ひとりのママからこんな食育の相談を受けました。
「先日、子どもが通う保育園のクラスメイト3人とそのママたちとで食事に行きました。子どもたちはそれぞれ発達や個性が異なるのはわかっているのですが、食べ物や飲み物で遊んだあげく盛大にこぼすなど、食事マナーが悪すぎるママ友の子どもたちを目の当たりにして大きなショックを受けました。とにかくしっちゃかめっちゃかで、食事会が終わったときには気持ち的に疲れてしまって。今後どうしたらいいか、悩んでいます……」
このようなエピソード、みなさんも同じようなことを経験したことはありませんか? 実は私にも過去に同じような食事会があり、その時の複雑な感情を思い出したのです。
そして相談者のママの立場だけでなく、マナーが悪かった子どものママの心情にも寄り添いたくなりました。
SNS上で子ども連れ家族の食事マナーについての投稿を見ていくと、批判と擁護のどちらも発見することができますから、どちらか一方を正義とするような話は避けたいのです。
そこで今回は、食事マナーの悩みやストレスを抱えるママやパパの心が少しでも軽くなるような話題を提供したいと考えました。食事マナーについて無理なく考えるためのヒントやきっかけになればうれしく思います。
はじめに、食事マナーの価値観がいかに多様化しているかというひとつの事例をご紹介します。
それは、アメリカの一部の公立小学校では、子ども達が落ち着いて食事に集中することを目的としてアニメーション動画が軽く流れている場合があり、それに対して賛否両論の声が上がっているということ。
もちろん動画視聴が目的ではなく、あくまでもランチが主体。日本の家庭で食事中にテレビをつけているような感覚に近いのでしょう。この状況に対して、「食事マナーに反する! こんなの見たら食事に集中なんてできない!」と否定的な意見が出る一方で、「これでなんとか席についてくれそう」という肯定派がいるそうです。
このことからも、食事マナーに正解を見出しにくい時代が到来していることがわかります。言わずもがな、食事のルールやマナーを厳格に定めた法律や教科書はありません。
アメリカのエピソードを聞くと、今回相談のあった食事会での出来事は決して珍しくなく、「まああるよね、こういうの。深く考えなくてもいいのかも」と気分が和らいでくるかもしれません。
よその家庭の教育方針を無理に理解しようとすると、苦しくなるのは自分です。だからこそ不快な思いをした場合は、我慢として飲みこむのではなく、自分へのねぎらいを優先してみてください。
そして食事マナーについてどうしたいのか? について何かしらの方針を持っている人は、同じ価値観を持っている人と巡り合い、楽しい食事ができるようになります。
避けたいのは、自分と異なる教育方針の家庭と無理して食事会を重ねることなのです。

もうひとつ、食事マナーを考える上で私がたどり着いたのは、「食事マナーは恋愛と同じである」ということです。自分は相手をこんなにも大切にしているのに、相手はひどいことしかしない。今の恋愛がつらすぎる。そのような経験は大なり小なりあるのではないでしょうか。
恋愛はうまくいかないことが当たり前にある世界。たとえば恋愛において、“誠実に相手を末永く愛することが正義”と考える人がいるかもしれませんが、それは万人に共通する絶対的正解ではありません。
ひとりひとり生まれや育ち、人間関係が違いますから、恋愛の好みや価値観は人それぞれ違って当然なのです。
そして今回の食事会を恋愛シーンで置き換えて考えてみましょう。自分がヤキモキしてしまっている立場だとしたら、不快な気分になり傷つくのは自分だけ(自分の子どもにも悪影響が出る場合あり)。
そしてマナーの悪い家族の親子は、何も感じていない、真剣に悩んでいない可能性が高いのです。ですから、自分と価値観の異なる人とは無理して付き合わなくていい。どうしても付き合わないといけない場合は「この会食は永遠に続かない」と割り切るほうが賢明でしょう。
つまり恋愛と比べれば、食事マナーを含む教育方針の不一致は、比較的対処しやすい問題と考えたほうがよさそう。
アメリカの小学校ではランチタイムにアニメ動画が流れる!?
食事マナーは恋愛と同じ

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