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宇垣美里「私も、闘い続ける」/映画『ファイター、北からの挑戦者』

 元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
宇垣美里さん 撮影/中村和孝

撮影/中村和孝

 そんな宇垣さんが映画『ファイター、北からの挑戦者』についての思いを綴ります。
映画『ファイター、北からの挑戦者』

映画『ファイター、北からの挑戦者』

●作品あらすじ:韓国、ソウル。脱北者の女性リ・ジナは食堂で働き出しましたが、中国に残した父を呼び寄せるためにより多くのお金を稼ごうと、清掃の仕事を掛け持ちすることに。  そこは、館長とトレーナーのテスが2人で切り盛りするボクシングジムで、悲惨な過去と怒りを抱えて壁を作るジナに、2人は静かに燃えるファイティングスピリットを感じ取ります。グローブを渡されたジナは、次第にボクシングの世界にのめり込んでいくのでした。  主演は、「愛の不時着」で韓国製化粧品を密売する北朝鮮人のクムスン役で印象を残したイム・ソンミです。再び人生を取り戻す物語を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣さんの寄稿)

北朝鮮から逃れた女性は過酷な生活の中グローブを手に取った

映画『ファイター、北からの挑戦者』

『ファイター、北からの挑戦者』より

 あの目が、画面からこちらを射抜くようなあの強い眼差しが、脳裏にこびりついて離れない。その目から窺(うかが)い知れるのは、怒りと悲しみと絶望、溢(あふ)れんばかりの激情だ。  北朝鮮から逃れ、韓国の小さなアパートにたどり着いたリ・ジナ。落ち着く暇もなく働き始めるものの、学歴もコネも信用もない彼女にできるのは最低賃金の仕事。過酷な生活の中、働けど働けどお金は貯まらず、中国に残した父を呼び寄せるには遠く及ばない。下劣な男に対し恐怖から行使した正当防衛は理不尽なトラブルへと発展し、またお金が必要になる。  北朝鮮の方言に気づいた人々の目つき。わからない言葉。アルバイトはトイレでも掃除してれば?という嘲り。裏切り者の母は新しい家族と幸せそうに暮らしているから、頼ることなんてできやしない。頼りたくなんかない。だから、彼女はグローブを手に取り、闘うと決めた。

闘い続けると決めたから、彼女は転んでも転んでも、何度でも立ち上がる

映画『ファイター、北からの挑戦者』

『ファイター、北からの挑戦者』より

 ずっと無表情だったジナだったけれど、ボクシングと出合い、少しずつ顔つきが変わってゆく。疲れと猜疑心(さいぎしん)でいっぱいの目は、トレーニングを経て、敵と明日をひたと見つめる精悍(せいかん)な顔つきに。トレーナーであるテスとのやりとりの中では、年相応の柔らかな表情が見えてくる。  特に初めて行った遊園地で見せた朗らかな笑顔があまりにキラキラと輝いて見えて、幸せなシーンのはずなのにぽろりと涙が零れた。そういえば私、彼女の笑顔を初めて見た。ずっと怒っていたから、ずっと諦めていたから。悲しみを前に泣くことすらできないジナを、言葉少なに支える館長とテスが温かくて、また胸がいっぱいになった。  彼女の置かれた環境は、一朝一夕では変わるまい。母国は帰る場所ではなく、逃れたどり着いたこの地の人々は無関心。差別と偏見はそこらじゅうに溢れている。  でも、彼女はもう決めたから。転んでも転んでも、何度でも立ち上がることを。世界と自分と、闘い続けることを。ジナを真似して小さくファイティングポーズを取ると、なんだか勇気が湧いてきた。私も、闘い続ける。 ファイター、北からの挑戦者』 監督・脚本/ユン・ジェホ 出演/イム・ソンミ ペク・ソビンほか ©2020 Haegri㎜ Pictures All Rights Reserved 【他の記事を読む】⇒シリーズ「宇垣美里の沼落ちシネマ」の一覧はこちらへどうぞ <文/宇垣美里> ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
宇垣美里
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。
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