この離婚を避ける術はあったのだろうか? そう振ってみると、山野辺さんは表情を曇らせた。
「僕、結婚して2年目くらいの頃に、ある媒体のお笑い特集記事の制作を編集ごと請けたんです。僕自身、90年代以降のお笑い文化にはどっぷりでしたし、知っている芸人さんにもインタビューできるというので、張り切りました。ただ、まだフリーライターの経験が浅かったので勝手がわからず、徹夜が続いて僕が分担すべき家事が滞ってしまったんです」
ちょうど美代さんも仕事が忙しい時期で、家庭内は険悪になった。
「僕は苛立つ美代に謝罪しながら、でも大事な仕事だからなんとか頑張りたいんだと言いました」
すると美代さんは、信じられないことを口にした。
「
その仕事って、未来に残るの?」

山野辺さんは唖然とした。
「驚き、腹が立ち、悲しくなりました」
美代さんは交際中から一貫して、写真や美術や演劇や純文学の話には乗ってくるものの、お笑いやアニメやサブカル評論の話にはまったく乗ってこなかった。山野辺さんもそれはわかっていたが……。
「僕のフィールドに興味がないことは別にいいんです。じゃなくて、僕はそこではっきり理解したんですよ。
この人は“サブカル”に興味がないだけでなく、はっきり“下”に見ているんだなって」
ですから、と山野辺さんはため息まじりに続けた。
「
離婚を回避できたかというご質問の答えは、結婚2年目にもう壊れていた、です」
「サブカルと言えば……」と、山野辺さんは少し前に観たという映画『花束みたいな恋をした』(主演:菅田将暉、有村架純)の話をはじめた。サブカル趣味で意気投合したカップルが、見るも無残に破綻していく物語だ。
「当初あのふたりは“運命の相手”みたいに盛り上がっていたけど、次第にダメになって、結局ふたりともすごく無難な、文化的素養のまるでなさそうな相手と付き合うじゃないですか。
あれ、すごくリアルだと思ったんですよ。ああ、そっちのほうが楽だってことに気づいたんだよねって。恋人と批評的対話なんてしなくていいし、ましてや夫婦にはまったく必要ないなって。こういうのを堕落って言うんでしょうね(笑)」

美代さんが変名でやっているというインスタを見せてもらった。スイーツや猫やウェイ的な写真は一切ない。インテリジェンスあふれる建築物、構図のしっかりとれた風景、端正にデザインされた雑貨や食器などのサムネイルが、統一感のある色合いで整然と並んでいる。「
隙がないというか、どこに出しても恥ずかしくないって感じですね」と感想を述べると、それを受けて山野辺さんは言った。
「僕は最後まで、美代にとって、どこに出しても恥ずかしくないパートナーにはなれなかったんだと思います。このインスタ、まるで写真展の図録みたいじゃないですか? サブカルクソ野郎の入り込む余地なんて、1mmもないんですよ」
【ぼくたちの離婚 Vol.22 色褪せる花束 後編】
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>