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朝鮮王族と結婚した日本の女性皇族。その数奇な運命をたどって見えてくるもの

世界史でも日本史でも教科書を開けば、そこに出てくる名前はほとんどが男性のものである。多くの国で長らく政治や経済、文化といった“表舞台”は男性中心の世界だった。同じ時代を生きた女性たちの存在は“ないこと”にされているも同然で、それが市井の女性であればなおさらである。 歴史長編小説『李(すもも)の花は散っても』(朝日新聞出版)の主人公は、李方子(り・まさこ/イ・バンジャ)。日本の皇族・梨本宮家に生まれ、国の政策で朝鮮の王位継承者と結婚、戦争がつづく大正から昭和を生き抜き、1989年に亡くなった。日本でも世代が下になるほど、知る人は少ないだろう。しかし、彼女の視点からその時代を見直すと、“ないこと”にされてきたものがたくさん見えてくる。 そして、本作にはもうひとりの主人公がいる。

写真/上田泰世(朝日新聞出版写真映像部)

著者の深沢潮さんにお話を聞いた。 【インタビュー後編を読む】⇒K-POPアイドルが日韓の歴史発言をする背景とは?100年前から今まで生み出される悲劇

ふたりの女性が見た時代

――本作は歴史小説といってもちょっと変わったスタイルで、李方子という実在の女性と、マサという架空の女性が主人公です。マサは天涯孤独で困窮(こんきゅう)しており、身ひとつで生きていかなければならない……。方子とマサ、動乱の時代にあって対照的な立ち場にいるふたりの女性、それぞれの視点が交差しますね。 深沢潮(以下、深沢):当初は、李方子さんの生涯だけを追うつもりでしたが、書きはじめてすぐに“普通の人”がこの時代をどう生きたのか描く必要があると思ったんですね。方子さんは結婚して朝鮮の王族・李家の人間となりますが、終戦までは朝鮮で暮らしたことがありません。 マサは、朝鮮の活動家に恋をし、彼が帰国するとき一緒に海を渡ります。現実にもそういう女性は少なくなくて、本作の取材のため韓国にいったときも、結婚して朝鮮にわたり終戦後も現地に残った「日本人妻」といわれる方が多く住まわれている施設を訪ね、お話をうかがいました。施設では広間やそれぞれのお部屋に富士山の絵がたくさん貼ってあったんです。みなさん「懐かしい」とお話されていました。

ひとつの歴史に異なる視点を

――国際結婚はいまでも一筋縄ではいかないところがありますが、当時の日本と朝鮮は宗主国と植民地の関係。より困難があったのではないでしょうか。 深沢:当時は、日本人と朝鮮人の結婚を国が奨励していたんですよ。けれど終戦を迎えた途端、宗主国と植民地の関係が崩壊します。日本人に虐げられてきたことを恨みに思う人たちが、それを晴らすようにして彼女たちを差別し、抑圧する。マサに特定のモデルはいないのですが、そうやって国の責任を押し付けられるような形で厳しい境遇に追いやられた女性たちの人生を描きたかったんです。

※写真はイメージです(以下同じ)

――マサはそうした自分の立ち場を、過酷な経験を通じて肌で知っていきます。一方の方子さんは朝鮮でも結婚式をあげることになったとき、現地で鯉(こい)のぼりを見て無邪気に喜んでいましたね。 深沢:方子さんは本人がいかに心細くとも、皇族、つまり宗主国でも権力をもつ側として当時の韓国を訪れています。置かれた立ち場によって、同じものを見てもまったく感じ方は違いますよね。でもそれは個人の問題ではなく、国と国とが支配する側とされる側という構造に置かれていたからです。支配する側にいると、される側の痛みはとても見えにくい。 【インタビュー後編を読む】⇒K-POPアイドルが日韓の歴史発言をする背景とは?100年前から今まで生み出される悲劇
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権力をもつ側には見えないものがある
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