
主人公の翔吾に横浜流星というのは、瀬々敬久監督たっての希望だった。もちろん空手で世界チャンピオンになった経緯や『きみの瞳(め)が問いかけている』でのキックボクサーの役も把握していたが、実は決め手となったのはNetflix版『新聞記者』での等身大の青年の演技だったそうだ。
なるほど、普通の青年にも思える一方で、理不尽なことに憤りを募らせ、かつ繊細さも持ち合わせている役柄は『春に散る』に通じるところもある。
かつ、今回はギラついた目をしていて好戦的なふるまいもしているので、ともすれば粗暴すぎて感情移入しにくいキャラクターになってしまいそうなところを、横浜流星はその潤んだ瞳、もしくは一挙一動に表れた「抑えられた衝動」をもって「傷ついていることがわかる」「放っておけない」主人公として魅力的に見せていた。

また『百円の恋』や『ケイコ 目を澄ませて』などで高い評価を得た映画でボクシング指導を手掛けてきた俳優でありボクシングトレーナーの松浦慎一郎へ、横浜流星は真剣な眼差しで、こう頼んだという。
「今まで松浦さんが作ったことのないボクシングシーンにしてください。そしてプロから見てカットで誤魔化していると思われないようにしてください」
その言葉通り、妥協を決して許さず、最高のもの、いや今までにはないものを作り上げようとする横浜流星の覚悟は、きっと出来上がった映画からも感じられるはずだ。
その松浦慎一郎自身、「自分勝手でカッとなる乱暴なボクシングから、周囲の人たちのためのボクシングへと変わっていく様子を見せたい。そういう下地を作っておくと、演者の感情が乗って、現場でドラマが生まれる」という考えでボクシング指導に挑んだそうだ。
塞ぎ込んだボクサーの再起の物語と、乱暴だった主人公・翔吾に変化が訪れる様と、横浜流星という俳優の挑戦。それぞれが試合シーンで昇華されるカタルシスを、ぜひ味わってほしい。