アサヒ生ビールのコマーシャル「出張とおつかれ生です。」篇を見たとき、この“松下洸平物語”を筆者は強く感じた。都会の喧騒にもまれて疲れた様子の松下がやってくるのが、一軒の居酒屋。温かみのある店内は、仕事を終えた客たちで賑わっている。
こういう活況溢れる店では、ビールがよく注文されるから、新鮮でクリアな味わいが格別にうまい。カウンター席にひとり座る松下が、早速ひとくち。疲れが一気に吹き飛ぶ表情で、この一音。「はぁぁぁ〜」。
「ぷはぁぁぁ〜」とか「ぷへぇぇぇ〜」のような破裂音ではなく、甘いため息のような一音を慎ましくもらすのだ。これだけでドラマができてしまう。
数十秒の映像にも重厚な物語を宿らせてしまうこの繊細さ。いやはや、この人の俳優としての感性は、どこまで研ぎ澄まされているのか。松下洸平が繰り出す名演中の名演だと思う。
こうした物語性は、俳優だけでなく歌手のボーカルにも実力が発揮されるのだからさらに驚く。実は2008年にシンガーソングライターデビューしている松下が、2021年にリリースした「あなた」がひときわ芳醇な物語を感じさせる。
同曲のサビはこうはじまる。“あなたが好きで 好きで 好きで 好きで 好きで…”という具合に、恥ずかしいくらいに好きが連打される。情熱的に歌い上げる松下のボーカルが着地するのは、“Lで始まる 終わらない物語”というフレーズ。
いや待ってくれ。「LOVE」を「Lではじまる終わらない物語」と置き換えて表現するとは、さすが名プロデューサー松尾潔の洗練された作詞術ではないか。松下の歌声がさらに純度を高めるという奇跡的なナンバー。
2度目のメジャーデビューにしてシンガー松下洸平が描く愛の物語がここに極まった。自ら作詞した最新シングル「ノンフィクション」には、等身大の日常が込められている。平易な言葉だからこそ、歌詞のフレーズひとつひとつが松下の演技のように粒立つ。