
ここで『いちばんすきな花』に話題を戻すと、同作が描く愛のテーマが浮き彫りになる。恋愛ドラマもラブソングも基本的には自分の愛を語り、示す対象となる相手の存在を必要とする。
だが本作の主要登場人物の4人には、肝心の相手がいない。愛を確かめあいたくてもそれができない。松下演じる椿は、婚約者に去られ、傷心の状態にある。
花屋の花束のように、人と人がすぐにグループ化されることを何より嫌う。それでいて好きな相手とは「昔から二人組にさせてもらえなかった」彼の素直な愛は、物悲しい。
「言っちゃダメなことはあるけど、思っちゃダメなことはない」
「あなた」では、あれだけストレートだった彼が、本作ではやや屈折した愛をふるわせる。
これが第2話の後半で素晴らしい名場面として描かれている。肝心の“相手”がいない他の登場人物たちである潮ゆくえ(多部未華子)、佐藤紅葉(神尾楓珠)、深雪夜々(今田美桜)は、なぜか自然と椿の家に集まっていく。
遅れてやってきたゆくえが持ってきたお菓子を食べながら、4人はこれまで誰とも共有できなかった感情を吐露していく。人が話している時にやたらとお菓子をもぐもぐしているのが気になる椿だったが、いやいや彼が一番いいことを言ってくれる。
「言っちゃダメなことはたくさんあるけど、思っちゃダメなことはないです」
椿にこう言われると、視聴者は「はい、その通りです」とドラマ内の登場人物のひとりになった気分で即答したくなる。
松下洸平との約束事を守る限り、このひと肌に優しいドラマを安心して見続けられそうな気がする。
<文/加賀谷健>
加賀谷健
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:
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