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“誰も想像しなかった絶望”に震え、羞恥心に襲われる。話題の映画「観る前の自分には戻れない」はガチだった

 11月10日から公開されている映画『正欲』。『桐島、部活やめるってよ』(集英社刊)や『何様』(新潮社刊)などの著者・朝井リョウ氏が手がけた同名小説が原作となっている。映画キャッチコピーは「観る前の自分には戻れない」。
映画『正欲』

画像:映画『正欲』公式サイトより

 国内映画ランキング(全国週末興行成績・興行通信社提供)では、『正欲』は初登場週(11月10日~12日)で5位、翌週(11月17日~19日)が9位。3週目(11月24日~26日)でベスト10からは外れたものの、同作の公開館数は209館で、先週1位の『翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて』(373館)や2位の『ゴジラ-1.0』(376館)などと比較するとかなり少ない。公開館数を鑑みると大健闘と言える。 『正欲』は着実に支持を集めており、SNSで感想を投稿する人が目立つ。それだけ「誰かに話したい」という気持ちにさせる映画であり、筆者も『正欲』について語らずにはいられない1人。本作を観て感じた思いをこの場をかりて語りたい。 ※この記事には、本作の一部ネタバレを含みます。

生きることに何も希望を見い出せない3人

 本作にはメインとなる登場人物が5人いる。息子が不登校になって、妻と教育方針をめぐって度々衝突している検事・寺井啓喜(稲垣吾郎)、実家暮らしをしている販売員・桐生夏月(新垣結衣)、両親の死をきっかけに地元に戻ってきた夏月の元クラスメイト・佐々木佳道(磯村勇斗)、ダンスサークルに所属しているイケメン大学生・諸橋大也(佐藤寛太)、そして、大也と同じ大学に通い学園祭の実行委員をしている大学生・神戸八重子(東野絢香)。
 基本的には夏月、佳道、大也に共通している“性的指向”を軸にストーリーが展開される。  その性的指向とは、おそらく誰の想像も及ばない「あるもの」に対して性的興奮を覚えるというもの。セクシャルマイノリティに対する理解が進んでいる現代社会、作中でも八重子ら実行委員は“ミスコン”を否定するシーンがあった。しかし、夏月達の性的指向は理解されないどころか認知すらされていない。世間一般の価値観や考え方との違いに葛藤して、生きることに何も希望を見い出せない日々を送る3人の姿が映し出されていた。

多様性という言葉が広まるほど苦しい

 ここ最近“ダイバーシティ”や時には“SDGs”と言葉を変え、多様性が声高に叫ばれているが、夏月達はその枠からは弾かれている。結局のところ昨今謡われている多様性とは「男性は女性に、女性は男性に恋愛感情(および性的興奮)を覚える」というかつての“普通”に、同性愛者や障がい者、外国人などを加えたものに過ぎないのではないか。3人が希死念慮を常に抱きながら生きている様子を見ていると、そう思えてならない。
 多様性という言葉を耳にする度、夏月達は社会から線を引かれたような感覚になり、むしろ“多様性ブーム”になる一昔前よりも生き辛くなっていないかと不安になる。多様性は光のイメージをまとったキラキラした言葉であり、これまで使用することに何の躊躇(ためら)いもなかった。ただ、今世間に溢れている多様性は決して文字通りの意味ではなく、場合によってはより一層生き辛さを与えかねないことを念頭に置きたいと感じた。
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「観る前の自分には戻れない」に偽りなし
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