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“誰も想像しなかった絶望”に震え、羞恥心に襲われる。話題の映画「観る前の自分には戻れない」はガチだった

理解した気になっていた自分に愕然とする

 ふと、草彅剛主演の映画『ミッドナイトスワン』(2020年)のあるシーンを思い出す。ニューハーフショークラブで働くトランスジェンダー・凪沙こと武田健二(草彅)が芸能関係の男性に接客している時、その男性は一緒に連れてきたタレント志望の女性たちに向かって「お前らさ、男に負けてるのヤバくねぇか」「オカマでもこんな頑張ってんだから」と言うのだ。  健二は、姪・一果(服部樹咲)を親の虐待からかくまうべく一時的に預かっている。彼女のために一般企業で採用面接を受けるのだが、その際“女性用のスーツ”に身を包んだ凪沙に対して男性の面接官が「今ね、流行ってますよね、LGBTね」「大変ですよね。僕も講習受けたり勉強してますよ」と話すシーンがあった。
朝井リョウ『正欲』

原作・朝井リョウ『正欲』(新潮社)

 セクシャルマイノリティの人が登場する映画やドラマは増えており、そういった作品ではこういった“理解できていない人”の出現率は高い。その想像力が欠如した言動にイライラしながら、「自分はこいつらと違って理解のある人間なんだ」というある種の優越感に浸っていた。しかし、『正欲』を見ている最中、その理解が虚構だったことに気づく。  夏月たちの葛藤を見て「いかに自分が理解した気になっていたのか」「いかに理解した気になって思考停止していのか」という羞恥心や情けなさに襲われた。

「観る前の自分には戻れない」に偽りなし

 また、夏月、佳道、大也は同じ性的指向ではあるが、それぞれにフェチポイントは異なる。性的指向を聞くとどうしても枠にはめがちではあるが、そういったテンプレートに当てはめようとする姿勢は当事者の心を閉ざしかねない。枠にはめるのではなく、その人自身としっかり向き合おうという気持ちにもなった。  冒頭でも触れた本作のコピー「観る前の自分には戻れない」に偽りはない。今の時代だからこそ、というよりも、時代に関係なく観ておきたい映画だ。 <文/望月悠木>
望月悠木
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
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