宇垣美里が独裁国家・北朝鮮に「底知れぬ怒りが湧いた」理由。“見つかれば死”命がけの脱北家族の声とは
元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:北朝鮮から脱北する一家の過酷な旅の実態が生々しく記録されたドキュメンタリー映画です。
北朝鮮から中国へ渡り、ベトナム、ラオス、タイを経由して亡命先の韓国を目指す脱北は、各地に身を潜める50人ものブローカーが連携し決死の脱出作戦が行われます。
2023年サンダンス映画祭にて開催直前までシークレット作品として詳細を伏せられ、上映されると大反響を巻き起こし、USドキュメンタリー部門観客賞を受賞した本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です)
総移動距離1万2千キロメートル。なんとか国境を越えたとて、北朝鮮の友好国で見つかれば即強制送還、その先に待つのは拷問と死。物音に怯え、暗闇に震え、涙を噛みしめながら進むその道のりはあまりに険しい。
スマートフォンによって撮影された脱北の行程は、全編にわたり凄まじい緊張感が漂い、文字通り命がけであることがひしひしと伝わってくる。
いつの間にか彼らと共に逃げているような錯覚に陥り、手に汗握る、というよりもむしろずっと胃がキリキリと痛むような臨場感に冷や汗が止まらなかった。
ぐっと握りしめた手のひらに残る爪の跡に思う、私は北朝鮮のこと、脱北のこと、なんにも分かっていなかった、と。
自由を求めて脱北する北朝鮮の人々を支援する韓国のキム・ソンウン牧師に密着し、彼に助けを求めてきた80歳の祖母と2人の幼い子どもと共に脱北を試みるロ一家と、北朝鮮に残してきた息子を呼び寄せようとする脱北者の母親リ・ソヨンの2組の家族を追うドキュメンタリー映画である本作。
前述の脱北の行程をとらえた生々しい映像はもちろんのこと、隠しカメラで撮られた北朝鮮市内の映像や、脱北者や支援者たちによって語られる北朝鮮の壮絶な現状には思わず絶句。
再現映像など作れるはずもない、家族との別れや拷問の記憶はアニメーションや絵によって表現され、情報統制の中であまり見えてこなかった市井の人々の様子が伝わってくる。
国連リポートにおいて「ほかに類をみない」と表現される北朝鮮の人権侵害、懸賞金をかけて脱北者を探す友好国、彼らを食い物にするブローカー、脱北してもなお様々な形で搾取される現状は目を覆いたくなるほどで、その中でも何度となく死線をくぐり満身創痍になりながらも脱北者を助け続ける牧師のありように頭が下がる。
もう二度と故郷の土は踏めまい。それでもなお、親戚や友人が恋しいと、鳥になれたら、そう語る脱北者たちの声が切なく響く。
彼女たちから祖国を、友人を、それまでの全てを奪った、いいや何も与えてこなかった独裁国家に、底知れぬ怒りが湧いた。
『ビヨンド・ユートピア 脱北』
監督/マドレーヌ・ギャヴィン 製作/ジャナ・エデルバウム、レイチェル・コーエン、スー・ミ・テリー 配給/トランスフォーマー © TGW7N, LLC 2023 All Rights Reserved
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<文/宇垣美里>
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命がけの脱北、胃がキリキリと痛むような臨場感に冷や汗
北朝鮮の壮絶な現状には思わず絶句
宇垣美里
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。