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松本人志が笑いのセンスだけで人の優劣を判断した“てん末”。過去には「女は95人アホですね」と放言

自分の「笑い」を理解できないヤツは「アホ」。だが強者になれなかった

 このように、女性は“アホである”と公言する人物は性をどのように取り扱うのでしょうか? 身勝手かつ稚拙(ちせつ)な女性像を介した性と笑いがつながっているのだとすれば、松本人志の「笑い」とは何なのでしょうか?
松本人志『定本・一人ごっつ』ロッキング・オン

松本人志『定本・一人ごっつ』ロッキング・オン

 自分以外は「アホ」、自分の「笑い」を理解できないヤツは「アホ」。そうした「笑い」の中に、誰にも譲れない個性や自我が存在すると感じているのだとしたら、そのプライドはポジティブな原動力たり得たのでしょうか?  そもそも、それは松本が考えるように、彼に勝利をもたらしたのでしょうか?  つまり、当時私達が圧倒的強者として見ていた松本人志とは、実はその逆で、完全なるルサンチマンに突き動かされていたのではないかと考えられるのですね。  本来、自分はもっと世の中に認められてしかるべきだ、という欲望を持ちつつも、それを正当な言動によっては成し遂げることができない、弱者のひがみと言ったら言い過ぎでしょうか。  しかし、松本人志には決定的な鬱屈が巣食っているように見えるのです。

「ほめられたことない」満たされずに唯我独尊イメージに乗っ取られ…

<僕が死んだら、どんなふうに書かれるんでしょうね。生まれながらのヒールですから。ほめられたことないですから。それでも死んだらくさされへんから、気持ち悪いぐらいええこと書いてくれるんかなあ。>(p.120)
『松本人志 VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」‎』SME/SMIインターメディア

『松本人志 VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」‎』SME/SMIインターメディア

 ダウンタウンは、こうした満たされなさを逆手に取り、ルールを書き換えることで、お笑いの覇者になりました。その事実は揺らがないし、革命的でもありました。  一方で、唯我独尊のパブリックイメージに本人が乗っ取られてしまった可能性はないでしょうか? “松本人志はオンリーワンであり、その人物が生み出す笑いも同様に他の何物にも影響を受けていない、全く新しいものである。それゆえに、言動も圧倒的に個性的であらねばならない。”松本のカリスマ性は、いわば極端に狭いマイルールの中で肥大していったのです。  しかし、幸か不幸か、陰湿な世界観が共感を集め、信者が増えるほどエコーチェンバーは大きくなり、客観性は失われていきました。もともと他者性に欠けていた松本人志の言葉にとって、それはあまりにも危険な媚薬でした。 『愛』を読み返して、松本人志の破綻は必然だったのだと思いました。 <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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