裕美さんは、部屋を見渡します。シンクには洗い物が溜まり、バルコニーには自分の下着が干してある。鏡を見るとすっぴんで髪はぼさぼさ、洋服はよれよれの部屋着です。
「30分って……片付けも何もできないじゃない!」

途方に暮れているところで赤ちゃんがぐずりだしてしまいました。抱っこをしながらでは洋服を着替えることもできません。
散らかっているものをクローゼットに押し込みながら、次第に泣きそうになってきました。
女性にとって、散らかった部屋を家族以外の人に見られるのは恥ずかしく、ストレスにすら感じます。夫の友人には良い妻であるところを見せたいのに、「家事ができない妻」と思われるのは男性の想像以上に大きなストレスなのです。
それなのに、身なりを整える時間も与えられず、部屋を片付けてもてなす準備をする余裕もなく、夫の友人を迎える羽目になったら……?
裕美さんは子どもをおぶって化粧を簡単に済ませ、シンクには洗い物が溜まった状態のまま、30分後を迎えてしまいました。
友人と帰ってきた隆さんは家に帰るなり「ごめんな! 散らかってるけど」と友人に声をかけます。友人は「すみません。突然お邪魔しちゃって。良かったらこれどうぞ」とフルーツを手渡してくれました。
裕美さんは「ありがとうございます」と笑顔で応じましたが、
このフルーツの皮をむいて切って出すのも裕美さんです。お皿を出して皮をむいていると、ようやく眠ってくれた赤ちゃんは、隆さんと友人にのぞき込まれて、ふえふえと声を上げています。

「フルーツ、どうぞ」
テーブルにお皿を置く裕美さんの表情は硬く、
さすがの友人も雰囲気を察しました。フルーツを一口、二口と食べると「竹下、あんまり長居すると悪いから、そろそろ帰るよ」と早々に帰宅しようとします。
「なんだよ。せっかく来たんだからもっとゆっくりしていけよ」
事態に気がついていないのは隆さんただ一人。
「裕美さん、じゃあまた」
そそくさと帰っていく友人を見送り、隆さんはトドメの一言を発しました。
「
まあ、他人の家じゃなかなか落ち着かないよな」
その瞬間、裕美さんの怒りは沸点に達します。