多い日で1日に15カ所のキャスティングをまわる。だいたい、全部落ちる。翌日も受ける。また落ちる。ヒールの靴はバッグに入れてスニーカーで歩きまわっているのに、スニーカーさえボロボロになる。それでも、また落ちる。
キャスティング会場での対応がまたひどい。大量のモデルをさばくのは大変なのだろうけれど、ブック(ポートレートなどをファイルした資料)を渡してもほとんど見てももらえず、「フン!」みたいな対応をされることも少なくない。無言で手をヒラヒラ振って「もう帰りなさい」みたいに指示されたこともある。

撮影 Yusuke Miyazaki
彼らにとって、キャスティングを受けに来る若いモデルなんて、人間以下の存在なのかもしれない。でも私たちは、ちゃんと傷つく。傷ついた心を抱えながら、切り替えて、切り替えて、次の会場に向かう。
負けない。負けるもんか。そんな思いばかりがどんどん強くなっていく。こびない、泣かない、いじけない。気持ちは常にファイティングポーズだった。
それがよかったのかもしれない。初めてのニューヨーク・コレクションでは、13のショーに出演できることになった。これはかなりの快挙だったようで、事務所の人が目を丸くしていたのを覚えている。
初のラルフ・ローレンのショーでの「くっそー!」な出来事
しかもその中に新人としては異例中の異例、ラルフ・ローレンのショーが含まれていた。正直、「あのラルフ・ローレン?」と舞い上がるような気持ちになった。
でも、そのショーで私に用意されたのはラルフ・ローレンらしくない、スポーティーなアイテム。足元はスニーカー。周囲はみんなピンヒールのパンプスや、かっこいいブーツなのに、なんで私だけスニーカー? アジア人だから?
正直、悔しかった。悔しければ悔しいほど、「絶対に負けるもんか!」という気持ちが湧き上がってきた。悔しさも不安も、全部エネルギーになってくれた。
そのおかげか、翌日の新聞のコレクション情報では、私のスニーカー姿が一面を飾っていた。負けるもんか! の迫力が、実を結んだのだ。
生意気だったなぁ。でも、生意気でよかった。反抗期のままでよかった。

撮影 佐山裕子(主婦の友社)
久しぶりにこうして昔を振り返ったら、自分が母みたいな目線になっていることに気づく。小さな愛ちゃん(いや、小さくはないか)に伝えたい。
がんばってくれてありがとう。おかげで私は、40代のいまもまだモデルを続けることができているよ、って。
そしていまでも、さほど丸くはなれないでいることも、ついでに教えてあげたい。
<文/冨永 愛>
冨永愛
17 歳でNYコレクションにてデビューし、一躍話題となる。以後、世界の第一線でトップモデルとして活躍。モデルのほかテレビやラジオパーソナリティ、イベント、俳優などさまざまな分野にも精力的に挑戦。俳優としては、2019 年放送のTBS日曜劇場『グランメゾン東京』をはじめ、 2023年から放送された NHK ドラマ10『大奥』では吉宗役として主演を務め話題となった。
日本人として唯一無二のキャリアをもつスーパーモデルとして、チャリティ・社会貢献活動や日本の伝統文化を伝える活動など、その活躍の場をクリエイティブに広げている。2024年4月、全国の伝統文化を訪ねる番組「冨永愛の伝統to未来」 (BS日テレ)がスタート。
公益財団法人ジョイセフアンバサダー、消費者庁エシカルライフスタイル SDGs アンバ サダー、ITOCHU SDGs STUDIO エバンジェリスト。
著書に『冨永愛 美の法則』『冨永愛 美をつくる食事』(ともにダイヤモンド社)、2024年6月28日発売 『冨永 愛 新・幸福論 生きたいように生きる』 (主婦の友社)ほか