
後半部にだって素晴らしい場面はある。早足な現代史の授業化の一方、逆に社会的・政治的背景とは関係なく(見えるように)、純粋に映像表現が粒だつ瞬間が観測できた。
第18週第90回。新潟篇で、寅子とのちに伴侶となる同僚判事・星航一(岡田将生)が、初めて心のうちを吐露する場面だ。馴染みの喫茶「ライトハウス」で、戦時中に総力戦研究所の一員であり、戦争責任の一旦が自分にもあるのではないかと語る航一。「外で頭を冷やしてきます」と言って外に出た彼の頭上、わずかに降り積もった雪の粒が、まさに本作最大の粒だちの美しさをたたえた場面だった。
あるいは、東京地方裁判所所長、続いて最高裁判所第5代長官になった桂場等一郎(松山ケンイチ)が、第1週第1回から一貫して厳粛な存在感を固定し続け、ひとり所長室や長官室の室内場面で孤独な演技を極めた功績をたたえなければならない。この桂場の存在があったなら、もう他に余計な言葉なんて全然必要ない。背景の説明だって不要だ。

最終週第129回、退官した桂場が、大好きなあんこ団子をゆっくり口に運び、寅子に見つめられながらその味を噛み締める姿は、特に際立つわけでもないのに、視聴者を納得させてしまう力がある。
社会派かどうか。政治的かどうか。長官という本作でもっとも社会的な地位があり、政治的立場に置かれた人物が、実は一番それに縛られずに映像表現に純粋に奉仕する役割だったことこそ、特筆すべき事実だと筆者は思う。
<文/加賀谷健>
加賀谷健
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:
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