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『あんぱん』吉田鋼太郎“釜じい”の死に「切なさを感じなかった」理由。炸裂した“粋な演出”も話題

釜じいの死が教えてくれたこと

 当然、病死が「幸せなもの」と言うつもりはない。ただ、戦死と比較した際に、遺族が抱える精神的な苦痛には違いがあるのではないだろうか。病死という形であれば、大切な人を看取り、場合によっては感謝や思いを伝える時間があるという点に救いを感じることもできる。その一方で、戦争による死が遺族に与える苦しみの深さや残酷さを思い知らされ、それを釜次の死が改めて教えてくれた気がした。 <文/望月悠木>
望月悠木
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
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