朝ドラ『あんぱん』で回を重ねるごとに“色っぽく”なっていく24歳女優。控えめな上目遣いに注目
壁際に佇む河合優実と対面したとき
その記念碑的共演作『脱出』について、映画評論家・蓮實重彦は「ローレン・バコールは、長い部屋着のままで音もなくボガートの部屋の扉をすりぬけ、壁に背をもたれかけさせて誰にいうともなくつぶやく」(『映像の詩学』)と書いている。
ぼくはこの一文が河合優実にも同じようにあてはまると思った。ただしそれは、ドラマの中の彼女ではなく、実際に目の前にした彼女だった。映画館の壁際に佇む河合優実と対面したときのことはよく覚えている。友人が監督した主演映画『透明の国』(2020年)を渋谷の映画館で観たあと、ロビーで紹介された。
人混みの奥の方、あれはたしか自動販売機が面する壁際だったかと思う。映画の中の河合優実は素晴らしい存在感だったが、実際の河合優実もまた陰影豊かで慎ましい品があった。
「誰にいうともなくつぶやく」ような会話を交わす中で、これは待望の逸材が現れたのだなと、こちらは静かに誇らしい気持ちになった。
大ブレイクを経て視聴者の心に浸透する演技
ごく初期の主演作をわざわざ引っ張り出したのは、河合と対面したときにこの人は売れると咄嗟に思ったことを確認したかったから。
実際、予想を軽々と超え、阿部サダヲ主演ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系、2024年)でのスケバン高校生役で大ブレイク。表紙を飾った映画雑誌『キネマ旬報』2024年9月号では「河合優実の時代はもう、はじまっていたんだ。」というフレーズがきらり。話題作にどんどん出演した。
阿部がパン職人役でふらり画面に登場する本作『あんぱん』では、ブレイクを経てほっと一息感じさせる。俳優としてのコンディションが整っているといったらいいのか、その演技を広く視聴者の心に浸透させていくような平衡感覚がある。演技の体幹がいいともいえる。
代表的な場面を挙げると、第19週第93回。メイコが辛島健太郎(高橋文哉)にやっと気持ちを伝える場面だ。妹の背中を押そうとする蘭子が階段上のメイコを見上げる。決してローレン・バコール的上目遣いであるわけではない。むしろ控えめな上目遣いからサッと視線を下げて「うちの姉妹は三人とも下手っぴやき」と言いながら、また少し上目遣いになる。
その間、その場から動かない。ただ視線を上下させるだけ。仮に激しく動いたとしても、どうしたって凛とするだろう。今の河合優実は本作に限らず、何をどう演じてもMVPに輝きまくる。
<文/加賀谷健> 1
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