朝ドラ『あんぱん』後半部を盛り上げてくれる54歳スター声優の“声”。繊細な役作りが伝わるシーンとは
ミニマムな茶室と老齢の存在感
東海林は、作詞家としては成功したが、後の代表作『アンパンマン』誕生前夜の柳井嵩(北村匠海)とのぶ夫婦を訪ねてきた。すでに高知新報は定年退職しているが、お世話になったのぶはどうしても「編集長」と呼んでしまう。
ピンポンと鳴り、のぶがドアを開ける。東海林が変わらないガハハハ笑いを向ける。第18週第86回以来の再登場ということもあり、そりゃもう懐かしい気持ちでいっぱいになる。老年の老けメイクも朝ドラらしい描写力を裏打ちする。
居間から茶室に移る応接場面が地味深い。東海林が「美味しゅうございました」と言って茶碗を置く(「結構なお手前でした」などと言わないのがいい)。背中は丸いが、両膝に両手をそっと置く佇まいは凛としている。東海林が正座する畳一畳と茶碗を置いたもう一畳。このミニマムな茶室空間が老齢の存在感には相応しい。
戦後の闇市が固有の場所
この茶室での二畳分という演技空間。俳優としての津田健次郎は、パッと区切られた場所で最良の演技をサッと提供できる人だと思う。初登場場面である第13週第64回でもそうだった。速記の腕試しをするのぶが、闇市で昼酒を飲む東海林と出会った。
東海林は岩清水と外の席に座っていた。のぶは少し離れた場所から彼らの会話を聞いた。「何メモしちゅうが」と発する東海林の鋭い眼差しがのぶに向く。その瞬間、遠近を踏破する演技空間がパッと画面上に浮かんだ。津田は、初登場場面から一貫して演技空間をコントロールしてきた。
そういえば、津田が語りを担当した朝ドラ『エール』(NHK総合、2020年)での出演場面(第97回)でも、狭い空間内でサッと向けた視線が印象的だった。場所は闇市辺り。日陰暮らしのマージャン仲間の一人として津田がカメオ出演。「何だコラ」と入り口に向けてドスを効かせていた。
東海林明役の初登場にしろ、このマージャン仲間役にしろ、戦後の闇市が固有の場所(演技空間)となって、声の魅力をぎらぎらふるわせていたのだ。
<文/加賀谷健> 1
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