
千絵美のような負のループにはまってしまうのは、十分な理由があるように思えます。
連日の激務で帰宅が遅く、着の身着のままで寝入ってしまった。翌朝は出勤するだけで精一杯。日々の疲労と同じだけゴミが溜まり、まるで心を葬るようにゴミの中に埋もれていく。ゴミはコンビニで買ったお弁当の空箱だったり、飲みかけのペットボトルだったり、日用品や化粧品の空き瓶だったりするのです。
そう、現状はゴミですが、ゴミはかつて自分を生かしてくれたものの成れの果て。残業を終えて、ふらつきながらコンビニにたどり着き、手にしたお弁当は、おいしさを感じる余裕もなく食べつくしたかもしれません。ペットボトルのお茶も、お弁当を胃に流すだけで、ありがたみなど感じる気力もなかったでしょう。
増え続けるゴミに怯えながらも、ゴミが自分を守ってくれるような錯覚を起こしてしまう。変わらなきゃいけないのはわかっていても、なかなか前を向けない。会社の上司や両親に蔑まされてきたせいで、自己肯定感の低い千絵美には勇気が出せません。
とはいえ、ゴミはすべて過去で、過去を一掃しないと人は変われないのです。千絵美に変わるきっかけをくれたのは、離れて暮らす千絵美の兄でした。
ゴミ屋敷に住んでいる、だから恥ずかしい。でも、体調が悪ければ外出できないように、心が塞げば部屋にも気が回らなくなります。「ゴミ屋敷になるのは恥ずかしいことじゃないですよ!」と、石田さんはあっけらかんと千絵美に言うのです。
誰もがちょっとしたきっかけでそうなってしまう。「人生の風邪みたいなもの」と石田さんに励まされ、千絵美はまっさらになった部屋を見渡しました。ゴミと一緒に、過去の自分を一掃し、やがて新しい一歩を踏み出します。
今度は、千絵美自身が「心の風邪」をひいた人を助けるために、ゴミ屋敷専門パートナーズのメンバーになるのです。
ゴミ屋敷の裏にあるのは、さまざまな事情です。志は大きくても、きれいごとだけではすまされない、ハードな事例もあるでしょう。「片付けはゴールではなく、新しい生活を始める第一歩」と、胸を張って取り組むゴミ屋敷専門パートナーズ。2話では千絵美のデビュー戦が描かれます。
<取材・文/森美樹>
森美樹
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『
主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『
母親病』(新潮社)、『
神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。
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