男の子は「ルールだからっていうのもあるけど……」と言葉を探すように間を置いて「相手に伝わる話し方って、声の大きさじゃないんだって。大きい声ってね、こわいだけで、ちゃんと聞こうって思えなくなるって、先生が言ってた」と、ゆっくり言葉を選びながら男性に伝えたそう。
その間も男性は、苛立ちを隠そうともせず舌打ち混じりに視線を逸らしたり、わざとらしくため息をついたりと、子ども相手とは思えない威圧的な態度を取り続けていました。
「そして男の子が『そんな話し方してたら電話の向こうの人も、きっとこわいと思う』とはっきりと言うと、明らかに男性が面食らっていて。誰も注意できなかった面倒な大人に、純粋な思いがぶつかる瞬間に何だかグッときてしまったんですよね」
その一言で、空気がわずかに変わったそう。
周囲の視線が一斉に男性へと向けられる中、先ほどまで強気だったはずの態度が崩れ始めます。
「男性は途端に気まずそうな表情になり『あー、わりぃ、もういいから』と呟いてスマホを耳から離すと視線を落とし、そのまま通話を切ったんですよ」
先ほどまでの威圧的な様子とは打って変わり、男性はそのまま早足で他の車両に移動し、逃げるように去っていったそう。
残された車内には、ようやく本来の静けさが戻りました。
「迷惑客に、電車内のルールだけではなく相手へ伝わる話し方まで教えてあげるこの男の子はいったい何者? と、私は驚きと同時に、胸の奥がじんわりと熱くなったんですよ」
ですが同時に、由梨さんの中には別の感情も残っていました。
それは見て見ぬふりをした自分への、小さな引っかかりです。
「私もあの子みたいに、相手を責めるんじゃなくて、自然と心を動かせるような注意ができたらいいのにと、つい考えてしまいました。もし次に同じような場面に出くわしたら……ほんの少しでもいいから、勇気を出してみたいなって思えたんですよね」
誰もが黙ってやり過ごそうとした空間で、たった一人、まっすぐな言葉を届けた男の子に勇気をもらったという由梨さんなのでした。
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<文・イラスト/鈴木詩子>