
――人生100年時代とも言われます。
三田:時々焦りますけどね。この間、控室で八千草薫さんのポスターを見たんです。大好きな方で、交流も少しありました。いくつで亡くなられたんだろうと思って調べてもらったら、88歳だと。私、もうあと3年ちょっとしかないんですよ(笑)。どうしたらいいんだろうと焦りましたけど、まあ、終活というのは、あまり意識してもしょうがないというのがリアルなところですよね。
ただ、衣装の整理などはしないといけないなと思っているところです。それからお仕事でいえば、最近、遺体の役もやったんですよ。
――遺体の役も。先ほどの「焦り」とは、お仕事への意欲の裏返しなのでしょうか。
三田:明日なにも仕事がないのも、楽でいいなとは思うんです。だけどご縁があってお仕事をすると、やっぱり元気が出る。最初はやむを得ず出たとしても、結果として活力が湧いてくるんですね。
正直、「お仕事がない、どうしよう」とか、そういうことを考える域ではないんですけど。「今もこうして出ているだけでも、大したもんでしょ」って。グダグダ暗いことを考えずに、今回のような作品にもパッと出ていく自分というのは、結果的に「結構いいな、よかったな」と思いますね。

――ところで、三田さんのこれまでを振り返ると、女優としての見事なキャリアはもちろんですが、大きな病気も経験されていますね。
三田:大病は3回ありました(54歳で子宮体がん、76歳で頸椎硬膜外膿瘍、79歳で左化膿性肩関節炎を経験)。その中でも最初の子宮体がんは、今でもよく覚えています。生まれて初めての大病で、それがいきなり「がん」でしたから。
――発覚したきっかけは何だったのでしょうか。
三田:それまで大した病気をしたこともなく、自覚症状は何もなかったんです。あるとき、プロデューサーの方と友人の婦人科の先生と3人でご飯を食べていたら、先生が突然「三田さん、いくつ? 婦人科の検診をしたことある?」と聞いてくるんですよ。ご飯の席でいきなりそんな話を? と思いましたけど(笑)。
出産のとき以来、婦人科にはお世話になっていなかったし、特に病気もないと伝えたら、「50を過ぎたら診てもらわないとダメですよ」と言われて。
――それで、すぐに検診に行かれたんですね。
三田:友人に診てもらうのは気恥ずかしかったんですけど、他に知っている先生もいないから仕方ないわと思って診てもらったら、先生もびっくり。がんが見つかったんです。