
元鈴木さんのブランドでは、酒瓶がすっぽり収まる大きなポケットのついたアイテムを展開。撮影時には「酒瓶がないと落ち着かない」とか
――今のパートナーさんとはどうですか?
元鈴木さん:夫は私から逆ナンしたんです。それまでは自分に寄ってくる男性の中から選んでいました。
でも、寄ってくるレベルがこれだとあまりいい人がこない、つまり私のほうから選ぶべきなんだと気づいて、当時バイトしていたフーターズ(※筆者注:チアリーダー風の衣装を着た女性店員が注文を取ったり配膳をしたりするエンターテイメント性の高い飲食店。芸能界の女性も多く働いていて、当時は元鈴木さんもグラビアアイドルだった)のお客さんで来た夫に一目惚れしてアタックしました。
私は人を見る目がないほうなのですが、夫を逆ナンしたことはすごく良い決断でした。でも、全然なびいてくれなくて、そこも良かったです。
――パートナーさんはどんな方ですか?
元鈴木さん:思いやりがあり、私にないものをたくさん持っているすばらしい人です。彼が私に愛情とは何かを教えてくれました。
――元鈴木さんはいつADHDの診断が下りたのですか?
元鈴木さん:幼稚園の頃だったと思います。幼稚園でほかの子と違いすぎたので、母親が医療機関に連れて行ったんです。当時は発達障害という概念がやっと広まり始めた頃だったので、今検査をすればもっと詳しい結果が出るのではないかと思います。思春期になったくらいの多感な頃に、母親が黙ってADHDの本を差し出してきました。
――元鈴木さんはどんなADHD特性があるのですか?
元鈴木さん:小さい頃は川の水面が好きで、ずーっと眺めていました。光りながら流れていて見飽きないんです。今でもキラキラしたものを見るのが好きで、ジュエリーなどのアクセサリーなんかもついずっと見てしまいます。
困りごととしては、数字や人の顔が覚えられないことです。学習障害もあるようで、4と7の区別がつきません。小学生の頃は自分のクラスもクラスメイトの顔も覚えられませんでした。
教室をのぞいて「ここのクラスじゃない、こっちでもない」となっては、ランドセルの中からクラスの表記のある教科書などを探し、「あ、私は何組だった」という感じで。担任の先生の顔も覚えられなかったんです。で、ようやくクラスメイトの顔を覚えたところでクラス替えがある、という6年間でした。
――ADHD特性があると育児や仕事でも困りごとが発生しますよね。
元鈴木さん:予約を取るのが苦手です。美容室の予約ですら取るのが苦痛なので、いつも電話してすぐ行ける美容室でないと行きません。最近だと娘の耳鼻科の予約を取らねばならなかったのですが、夫にやってもらいました。ほかにも予防接種など、子ども関係のスケジューリングは夫に担当してもらっています。
また、産後は夫が多忙でワンオペ育児でした。ファミサポやベビーシッターを利用すれば負担が減っていたはずなのですが、そういうサービスを利用するには事前の手続きが必要です。2日、3日先のことなんてわからないと思い利用できませんでした。目の前のことで精一杯で、段階を踏んで申請手続きをすることや、先々の予定を立てることが苦手なんです。数年間は産後うつ状態が続いてとてもつらかったです。
でも、その頃ちょうどコロナ禍に突入して夫の仕事がリモートになり、夫が育児に協力できるようになって助かりました。
仕事の面では数字が苦手なので苦労しました。経営を始めてすぐは「利益が出ていればオッケー」みたいなどんぶり勘定でやっていたのですが、やはりそれでは問題があるなと。私はいいものを作れるし、利益もあげられるし、セールスもできるのですが、組織としての成長には右腕が必要だと感じました。それで、大手M&A仲介を通じて企業のグループ傘下に入る決断をしたんです。
――そのときどきで、周囲の方の手を借りながら直面した困りごとに対処してきたんですね。
元鈴木さん:人付き合いは苦手ですし、今も困ることは多いです。でも仕事では、得意なところを遺憾なく発揮できているのでみなさんに感謝しています。家庭では夫のサポートがなければとてもじゃないけど回らない。私、夫じゃなかったら子どもは難しかったと思います。
【大橋茉莉花】
1988年生まれ。獨協大学外国語学部を卒業後、アルバイトなどしながら日銭を稼ぐ日々をへて、26歳でイベントコンパニオンに転身。ウェブの美容ライターとして書いたコルセットに関する記事をきっかけに29歳の時にAlyoを設立。
ECサイト『Pinup Closet』でコルセットブランド『Enchanted Corset』、アパレルブランド『CINEMATIQ』などを運営
<取材・文/姫野桂 撮影/山川修一>