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「まだ元気なのに…」厳格な父が亡くなる13年前から“相続の勉強会”を開いた理由。死後にわかった本当の遺産

「基本は敬語」“将軍”のような父との思い出

――漫画では、お父様のことを「将軍」と呼んでいますが、どんなお父様だったのですか? 益田:実際にそう呼んでいたわけではないのですが、小学生くらいの頃から、父に対して「将軍」のイメージを持っていたんです。 子どもの頃、父と話す時は基本的に敬語でした。父の一人称は「ワシ」だったのですが、友達のお父さんで「ワシ」と言ってる人はいなかったので、わが家だけ時空がねじれて昭和にいるのかと思っていました(笑)。 食卓では、父が上座、母が下座。そして父が箸をつけるまで、誰も食べ始められません。「父を敬う」ということが特別な教えではなく、当たり前の前提として生活の中にありました。 ――かなり厳格な方だったのですね。 益田:ゲームやテレビ、買い物、友達の家に遊びに行くことも許可制でした。魚を食べるときは、食後に父による「骨の検査」があります。そのおかげで、魚を食べる技術が鍛えられたと思います。 あと、家族旅行から帰ってきても、すぐ家の中へ入れないんです。みんな一旦庭で待機し、父だけが先に家へ入って安全確認をして、「よし」となってから初めて家へ入ることができました。父なりのホームセキュリティーだったのかもしれません。 ――お父様との思い出といえば、どんなことが印象的ですか? 益田:父は自然が好きで、休日になるとよく登山へ行きました。子どもを1人か2人連れて行くのですが、姉はたいていうまく逃げていましたね。私は、「お母さんとデパートに行きたかったなぁ」なんて思いながら山を登っていました。 父の山登りはストイックで、黙々と歩き続けます。お昼になると、小さなバーナーでお湯を沸かしてカップラーメンを作ってくれるのですが、それが驚くほどおいしいのです。食後には、サバイバルナイフで果物を切ってくれたり、山で見つけたアケビを採ってくれたり。おにぎりのご飯粒に針を付けて川魚を釣ったりもしました。 家に帰る頃にはめちゃくちゃ疲れているのですが、それでも「悪くない休日だったなぁ」という気持ちになりました。しかし、子どもなので、次の休日になるとまた「お母さんとデパートに行きたかったなぁ」に戻るという、その繰り返しでした。 ――厳格な一方で、愛情を感じた瞬間はありましたか? 益田:父は、おいしいものをよく知っている人でした。外食に連れて行ってくれることも多く、ドラマで黒幕が密談でもしていそうな個室の中華料理店や、無限におすすめが出てきて制覇できない串カツ屋など、子どもながらに「いろんなお店を知っているな」と思っていました。 父の行きつけの肉屋で買ってきた肉を、七輪で焼いて食べる焼肉も格別でした。父は自分で食べるよりも、せっせとみんなの分を焼いてくれました。家族の「おいしい、おいしい」という声を聞くのが、きっと父はうれしかったのだと思います。 また、「勉強しろ」とは言われましたが、進路について「この仕事に就け」「この学校へ行け」と言われた記憶はありません。最後まで「自分の仕事を継いでほしい」と言うこともありませんでした。 母によると、父自身が親に進路を決められ、自分で選ぶことができなかったそうです。「だからこそ、自分の子どもには自由に選ばせてやりたかったのではないか」と言っていました。

家族が同じ方向を向くきっかけに

リビングのソファで微笑む3世代家族――お父様が亡くなったとき、どんな思いがあったのでしょうか。 益田:父は他界するまでの約2年間、とても苦しい闘病生活を送りました。その期間は、見ているだけで胸が痛かったです。 父の死は本当に悲しい出来事でしたが、「これでようやく苦しみから解放されたのではないか」という安堵にも似た気持ちもありました。また、意志を継いで最後まで遺産相続をやり遂げようという使命感もありました。 ――お父様の勉強会で学んだことが、実際に役立ったと感じた場面はありましたか? 益田:相続税は、原則として被相続人(財産を残して亡くなった人)の死亡を知った日の翌日から10か月以内に納めなければなりません。しかし、大切な人を失った直後は、心身ともに普段通りでいられないものです。 わが家の場合、父が事前に勉強会を開いてくれていたことで、家族全員にある程度の基礎知識があり、相続に向き合うための土台がすでにできていました。さらに、相談できる税理士さんとも生前から関係を築いてくれていたため、手続きはスムーズに進んだと思います。 父は倹約家で物をあまり買わず、唯一、処分に困りそうな刀や槍などの骨董品についても、生前に整理してくれていたので、まったく問題はありませんでした。 ――ご兄弟と、勉強会のことを振り返ることはありますか? 益田:父が他界してから、出来る限りのほとんどをやり遂げてから旅立ったので、「すごい人だったね」と話すことがありました。 兄弟でも、大人になると昔のように毎日顔を合わせることもなくなり、距離ができていくこともあります。でも、わが家は父の相続を通して、もう一度、家族として同じ方向を向く時間を持つことになりました。それは単なる手続きではなく、家族の原点に立ち返り、絆を確かめる行事のようにも感じました。 円満に遺産相続ができただけでなく、むしろ以前より家族の絆が深まったのは父のおかげだと思います。家族全員が父を尊敬し、感謝していました。 ――お父様は、どんなことを大切にしていた方だったと思いますか? 益田:母に聞いてみたのですが、父は「真面目に生きること」を大切にしていた人だったようです。仕事も、相続も、まず自分で学び、考え、苦労を惜しまず準備をする。そんな姿勢を、父は大切にしていたのではないかと思います。 ――益田さんご自身も、遺産相続について準備をしておこうと思いますか? 益田:それは強く感じました。実際に、父の遺産相続が終わってすぐ、エンディングノートを作成しました。 夫には「さすがに早すぎない?」と言われましたが、人の命の長さは誰にも分かりません。もちろん、これから状況が変われば内容も変わっていくでしょうが、その時々で更新していけば良いかなと思っています。大切なのは後悔しないように、少しずつ準備をしておくことなのだと思います。
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いざという時のために、大事な2つのポイント
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