星野真里を批判する人たちの“薄気味悪さ”。「先生がかわいそう」の裏に透ける人々の鬱屈とは
“正論”で弱い立場を叩くことで得られるものとは
けれども、星野さんや生活保護を叩いたからといって、彼らが偉いわけでもなんでもありません。むしろ、そうした批判をすればするほど、彼らも相対的には弱者に分類され、そしてそこにとどまらざるを得ない鬱屈から、より弱いものをピックアップしているだけなのだという構図が浮かんでくるからです。 必ず勝てる試合で正論を論じ続けている限り、彼らは常に上の立場を確保できる。そういう快楽に甘んじているのです。 星野さんの訴えに、冷静に、そして客観的に反論することで正義の番人だと自負しているかもしれないけれども、そのプライドの出どころをたどれば、極めて脆弱で、反動的な動機が浮かんできます。 星野さんに対して人間的な思いやりを見せる余裕すら失い、いきなり突き放すような論調でまくしたてるのも、「自分」という存在に対する焦りから来ていると思えば納得できるのではないでしょうか。 なので、見方を変えると、今回の『24時間テレビ』は非常に面白かったと言えます。 人々のひた隠しにしたい鬱屈をあぶり出したという点で、ここまで成功したケースも稀だからです。 <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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