「ぼよよん行進曲」はどう生まれた? 妻との“不思議な時間”
――「おかあさんといっしょ」と言えば、名曲「ぼよよん行進曲」も今年で20周年になります。
中西:そうですね。もう20年が経ちました。「ぼよよん行進曲」は妻との共作なのですが、とても不思議な状況で生まれた曲だと思うんです。詞と曲が同時に生まれていくという、初めての経験でした。弾きながら言葉が生まれて、「じゃあ、こうだね」と言いながら、二人でやり取りして、セッションみたいにして生まれていきました。とても不思議で、同時に素敵な時間だったなと思います。「おかあさんといっしょ」という番組の中で、子どもたちに届けたい気持ちをシンプルに形にできたことが良かったのかなと思います。
――今年4月に開催されたビルボードライブ横浜でのライブでは、「ぼよよん行進曲」がトリだったので、圭三さんにとっても特別な一曲と言いますか、大切にされているのだなと思いました。
中西:先人に教えてもらった歌うことから届けられるエネルギーや、誰かの背中を押してあげられることとか、それまで自分が感じてきたことが、本当にシンプルに集約されている曲なんじゃないかなと思っているんです。だから、今たくさんの方に想っていただけて、この曲に救われると言ってもらえることも、全部が不思議なことのように感じるんです。
計算なんて何もないんです。いろいろな大変なことを自分の中でも抱えながら、子どもたちに向かって(あの曲で)話しているんですよね。あのときのリアルな感情だったんでしょうね。
「ここまで歌われるとは」20年愛される名曲にあった“純粋さ”
――作ったときには、ここまで長く歌われることは想像していなかった?
中西:もちろん想像すらしていませんでした。「Choo Choo TRAIN」のときもそうでしたけれど、今も歌ってもらえている、先々のことは一切わからないまま作っているんです。でも、後から振り返って気づくことがあるとすれば、すごく純粋だったなということですかね。
与えられた課題に対して真っすぐで、計算があるようで、ないんです。そこを色濃く出せたときの、何かが伝わるスピードや距離というのは、違うのかもしれないなと、なんとなく感じています。わかっていてできることじゃないんですけどね。結果論なんです。だから、作っているときに「こうだといい」ということはあったかもしれないけれど、「こうすればこうなるよね」ということは一切ない。毎回そうなんです。
でも今は、純粋に何かに応えたいという気持ちが、逆に自分を難しくさせることもあります。計算づくでやっていない分、いくつもいくつも作れるタイプではないかもしれないけれど、何かが生まれる瞬間があるんだと思います。
――最近でも「いいんだよ!インド洋!陰と陽!」を手がけられ、子どもたちに音楽を届け続けていますよね。
中西:「おかあさんといっしょ」では、子どもたちに向けて、いろんなテーマを歌にしてきました。最近作った曲は、とても難しいテーマを扱っているんですけれど、サウンドとしては楽しく、言葉遊びのような形にしています。全部、難しいことをそのまま難しく伝えるのではなくて、楽しく伝えられたらいいなと思っているんです。
たとえば「自分には自分の輝きがある」ということ、ですね。世の中で「映える」ものを追いかけていると、自分は映えていないんじゃないか、みたいなところで置いてけぼりになる気持ちってあると思うんです。でも、そう思わなくていいんじゃないの、と。
「自分には自分の輝きがあって、そこを自分らしさとして認めてあげればいいんだよ」という、自己肯定のような思いを伝えたかった。自分が今感じていることを、難しいことも含めて子どもたちに少しでも伝えられて、「これを聞いてよかったな」と思ってもらえることがあればいいなと思っています。