――男性依存症を抱えたまま妊娠・出産をすることに葛藤はありませんでしたか?
あらい:すごく浅はかなんですが、心に不安定さを抱えた人が育児をすることに関しては自分で勉強をしました。あと、結婚をしてだいぶメンタルが落ち着いたんです。夫からの安定した承認を得られたというのが私の心の支えになったようです。
一番スレていた時期と落ち着いたときを比べると、なんかもう私、大丈夫かなと思っちゃったんですよね。勉強もしたし準備は万端の勢いでいましたが、自分のトラウマがこんなに重度だと思っていなかったんです。医療にもかかっていなかったので、自分にうっすらと慢性的な鬱があることも知りませんでした。
――妊娠中、つらかったことはありますか?
あらい:それが、妊娠中が一番ホルモンバランスが安定していて心が乱れることがなかったんです。つわりはキツかったけど、一生妊娠していたいと思ったほどでした。産んでからも体力はあったので、赤ちゃんのお世話で寝られないことも耐えられました。でも、体力はあるのになぜかイライラしているという悩みを抱えていました。
ADHDだと思っていたら、原因は虐待のトラウマだった

『トラウマのほぐし方』(あらいぴろよ著/藤本昌樹、菊地祐子監修/光文社)
――その頃には、虐待のトラウマが原因だとはわかっていたのでしょうか?
あらい:全然わかっていませんでした。ケアレスミスが増えたり、物忘れがひどくなったりもしていたんです。息子が2歳くらいまでは産後のホルモンバランスの乱れだと思いましたし、その後ミスが増えた際は周りに相談すると「ADHDかもしれない」と言われたので、最初はADHDのライフハックで乗り切ろうとしていました。
でも、やっぱり無理で「これはもう病院だ!」と思って受診し様々な検査をしたら、ADHDというよりはトラウマ後遺症の影響が強いのでは? という見立てに。無性にイライラしてしまうのも、その症状のひとつかもね、と。
結婚してメンタルも落ち着いたし、育児についても勉強したので、「なんかもう私、大丈夫かな」と思っていたんですよね。でも、自分が思っていた以上にトラウマの影響が残っていた。産んだからトラウマが悪化したというより、38歳くらいで本格的に体力が落ちたあたりから症状が顕著に出るようになったんです。新刊にも詳しく描いていますが、それ以来トラウマ後遺症の治療を続けています。
<文・取材/姫野桂>