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高橋一生になぜ女性は萌え死ぬのか。その“魔性”の正体

 近頃、世の女性たちの間で“高橋一生萌え”の波が止まらない。

 出演中のドラマ「おんな城主 直虎」(NHK総合ほか)や「カルテット」(TBS系)の放送後は、Twitterのタイムライン上が彼のスクショ画像で賑わい、「#自慢の高橋一生を見てくれ」というハッシュタグでは、過去作も含むお気に入り画像をみんなが見せびらかしている。彼の笑顔が「エイの裏側」に似ているという雑誌コラムをきっかけに、その比較画像が拡散されたりもした。

『an・an』2017年3月1日号(マガジンハウス)表紙

『an・an』2017年3月1日号(マガジンハウス)表紙

 極めつけは、3月1日に発売された『an・an』(マガジンハウス)の「官能の流儀」特集の表紙に、彼が起用されたこと。中身では14ページにわたって女性モデルと絡み合うヌードグラビアが披露され、「ありがとうございます」「抱かれたい」「イッた」と興奮冷めやらぬ女性たちの熱狂ツイートで、ネットは今も火照り続けている。

 まさに「萌えるは一時の恥、萌えぬは一生(いっせい)の恥」とでも言わんばかりのムーブメント。「一生(いっせい)一緒にいてくれや」と心の中の三木道三も思わず歌い出しそうな勢いである。そして、「三木道三って誰?」と思った人は、余計な情報なので今すぐ忘れてほしい。

 それにしても、彼の何がそこまで女性たちを萌えさせるのだろうか。

“無邪気な笑顔”と“底知れぬ無表情”の往復運動



 これについては持論がある。先ほど他人事のようにしれっと紹介したが、何を隠そう、高橋一生の笑顔を「エイの裏側」に喩えた元記事を書いたのは私、福田フクスケ(コラムニスト)である。『GINZA』(マガジンハウス)3月号の中のコラムで、彼の魅力を「サイコパスのような冷たい目つきと、エイの裏側のような人懐っこい笑顔との間に、『心ここにあらずの空虚な色気』」がある、と表現したのだ。

エイの裏側

エイの裏側

「エイの裏側」という喩えに多くの人が共感してくれたのは嬉しいが、実は本質はそこではない。あくまで、“無邪気な笑顔”と“底知れぬ無表情”とを反復横跳びのように行き来する、その往復運動の中にこそ、彼の抗えぬセクシーさがあると私は主張したい。

女性の“バブみ”を目覚めさせる“枯れショタ”感



 たしかに、彼の笑顔はかわいい。圧倒的にかわいい。捨てられた子犬のような無垢な瞳、俗にフェロモンタンクとも呼ばれるパンパンに膨らんだ涙袋、迷路のように複雑な目尻のくしゃくしゃ感、えくぼとほうれい線の垣根を超えた“ネオえくぼ”とも言うべき深く刻まれたたくさんのシワ、そのすべてがかわいさでできている。

 少年のようにいたいけでありながら、年相応の落ち着きも兼ね備えた、その浮き世離れしたフェアリーな存在感は、新しく“枯れショタ”という造語で呼びたくなるほどのピュアネスを感じさせる。2月25日放送の『王様のブランチ』(TBS系)では、女性の“萌え袖”がかわいいと語っていた彼だが、いっそ彼の存在自体が萌え袖のようなものだと言ってもいいだろう。

萌え袖のようなピュアネス

萌え袖のようなピュアネス

 事実、『an・an』のヌードグラビアでも、取って付けたような壁ドンこそあったものの、彼のエロスはそういった男性主体の攻めの姿勢にはない。むしろ、女性モデルが上位になったカットでの“見下ろされ感”や、女性モデルにすがりついて甘えるかのような“身を委ね感”の中にこそ、彼のたまらない色気は宿っているように見える。

 おそらく、このヌードグラビアを見て萌え死んだ女性の中には、“抱かれたい”よりも“抱きたい”、“甘えたい”よりも“甘えさせてあげたい”といった母性に近いリビドーを感じた方も多いのではないだろうか。男をよしよしと手なずけてかわいがりたい願望を持つ女性は多い。彼には、女性をある種の“バブみ”に目覚めさせるようなエロスが確実に存在すると思う。

 しかし、それはあくまでも高橋一生の一側面にすぎない。彼のもうひとつの別の魅力、それは「サイコパスのような冷たい目つき」「底知れぬ無表情」と先に私が表現したような、“感情の読み取れない虚ろなムード”にある。

「カルテット」公式サイトより

「カルテット」公式サイトより http://www.tbs.co.jp/quartet2017/

 なんでそれが魅力になるの? と思った方は、『シン・ゴジラ』において、彼が演じる安田が、ゴジラの上陸コースと放射能の分布状況の一致に気付いたときの「あああああーーーっ、ああああああああーーーっ! こんなのありかよおおおおおーーーーっ」と取り乱すシーンを思い出してほしい。あるいは「カルテット」で、半田(Mummy-D)に簀巻きにされて階段から落とされそうになる家森の、「わーーー! わーーー!」という乾いた驚き方。

 いずれも、自分の感情にもかかわらず、どこか当事者意識が希薄で、妙に突き放した印象がないだろうか。いわば、自分の感情にすら無自覚で無頓着な空虚さと、心ここにあらずのミステリアスな感じ。しかし、それこそが危ういセクシーさとたまらない魅力になっていることもまた否めないだろう。

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男性特有のセクシーさは“空虚感”にあり!?

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