この言葉が真理だと思わせてくれる、本職でない歌い手を2人ご紹介しましょう。まずイギリスのスーパーモデル、カレン・エルソン。映画『アリスのままで』で流れた「If I Had a Boat」(テキサス出身のソングライター、ライル・ラヴェットの曲)のカバーも鮮烈でしたが、自作曲も相当なもの。
言葉少ななピアノとアコースティックギターが心地よいフォーク調の新曲「Distant Shore」を聴くと、やろうと思えば歌い上げられるだけの地力を持ちながら、決して易きに流されない我慢強さを感じます。
ここでも、やはり大切なのは歌が曲の一部であることなのですね。細やかな発音のひとつひとつにも音楽が宿っていることを気付かせてくれる。だから簡単なコードの繰り返しでも、飽きないのです。
もう一人は、映画『ハリー・ポッター』で魔法学校の校長を演じた、アイルランド出身の俳優、リチャード・ハリス(故人、享年72)。彼の歌う「MacArthur Park」(アメリカのソングライター、ジミー・ウェッブの作曲)は、本職のシンガーでも逃げ出したくなるほどの複雑な構成と、壮大なメロディの幅を持つ曲です。
ハリスに専門的な音楽の知識はありませんでした。ただ酔っぱらって、アイルランドのパブソングばかり歌っていたといいます。それでもポップス史上に燦然と輝く“組曲”を最初に歌い、それが今も超えられない壁としてそびえ立っている。
リチャード・ハリスの「MacArthur Park」を聴くと、才能という言葉の脆さに気付くのです。
だから、“上手だね”と言われているうちは、まだ歌にすらなっていないのではないだろうか。続々と歌手デビューする若手俳優たちに、そんなことを思うのでした。
<TEXT/音楽批評・石黒隆之>