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何を見ても涙が…ペットの死で私の心に起きたこと

16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vo.5>

 愛する者を失った喪失体験から立ち直るには時間がかかります。その人の置かれた環境や、それまでの生き方や人生、物ごとのとらえ方などによっても違ってきます。

犬と猫

写真はイメージです

 仕事に没頭していたり、何かに集中しているときはいいのですが、ちょっとした出来事でまた悲しみに沈んでしまうなんていうこともあります。少し時間がたって「もう大丈夫」なんて油断していたら、思わぬことで揺り戻しに合う、なんていうことも珍しくありません。

何かの拍子にふいに涙が…



 私もそうです。たとえばケフィの四十九日が過ぎたころ。近所のスーパーに猫のゴハンを買いに行った際、ふいに犬のおやつコーナーが目に飛び込んできたと思ったら、突然、涙があふれてきました。まったく予期していなかった出来事に驚き、うろたえる自分。涙が止まらず嗚咽の声を漏らす自分

 そんな自分をどうしたらいいのか分からず、慌てて店を飛び出しました。

 家にいても、ケフィの被毛を見つけては泣き、「ケフィのうんち袋に重宝だから」と貯めていたレジ袋を手にしては涙ぐみました。普段通りの生活はできているのに、時間になれば起きて、ご飯を食べ、仕事をし、家事をこなして行く毎日をこなしているのに、何かの拍子にふいに涙があふれてくるのです。

 ヨーグルトが空になれば、両手で入れ物を押さえて顔を突っ込んでなめていたヨーグルトだらけのケフィの顔が浮かんで苦しくなるし、散歩用のタオルや軍手、着古したダウンコート、ニットの帽子など、どこにでもある、何でもない「物」や「こと」が涙を誘いました。

ヨーグルトを食べるケフィ

ヨーグルトを食べるケフィ

 決算期にはあちこちのペット用品店から届く「決算セール」のお知らせを読んでは、しょげていました。捨ててしまえばいいのに、ついつい丹念に見てしまい、

「こんなのを買ってあげたら、ケフィが喜ぶかな」
「これはケフィが好きそうだ」

 そんなことを思っては「もう必要ないのに」と自分で自分に突っ込み、さらに落ち込むという負のスパイラルに陥りがちでした。

芋づる式に思い出す愛猫・でんすけ



 何より辛かったのは、2015年秋に天使になった愛猫・でんすけのことも思い出されることでした。

でんすけ

でんすけ

 でんすけは私が17年連れ添った猫です。ある台風の日に我が家の庭先で子どもを生み、家の猫になりました。子どもの頃からひどい猫アレルギーだった私は、ずっと猫を遠ざけて暮らしてきたのですが、そんな私に猫のかわいらしさ、賢さ、猫と暮らす喜びを教えてくれたのが、でんすけでした。

 そんなでんすけがいなくなってしまった悲しみを「ケフィの世話をすることで紛らわしていたのだ」と、ケフィを失った後に気づきました。

 ケフィとでんすけは、いつも背中をくっつけて眠るほど仲良しでした。でんすけが亡くなってしばらくの間、ケフィは家の中を歩き回ってずっとでんすけを探していました。ときどき私の方を振り返っては不思議そうに首をかしげて「でんすけはどこに行ったの?」という視線を向けてきました。

お尻を合わせて

お尻をくっつけて寝るケフィとでんすけ

 そんな仲むつまじいふたり(二匹)でしたから、ケフィのことを考えていると芋づる式にでんすけのことも浮かび、「もうふたりともいないのだ」と思うと、どうしようもない寂しさが襲ってきました。

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「めそめそしてもいいんだ」と開き直ることにした

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