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内村光良に、たけしが辛口評。紅白司会には芸より人柄が大事?

さんまや松本人志に総合司会はできるか?

 バラエティで“ウデがある”とか“有能”というと、明石家さんま(62)や松本人志のように、自分の力でコトを起こして場の空気を強力に支配する人たちが浮かびますね。その意味で言えば、ウッチャンは無能で無力なのです。  しかし、テレビはお笑いだけやっていればいいというものではありません。適当にやり過ごしたり、ときには深刻ぶったりしなければいけない場面が出てきます。要はメリハリですよね。  そんなとき、“お笑いサイボーグ”ではどうしても不具合が生じてしまいます。どんな小さなきっかけも笑いにしようと飢えているから、いつまで経っても場が収まらない。彼らは一芸に優秀すぎるがゆえに、物事を総じて束ねることができないのです。  ここで、総合司会・内村光良の“無能”が効いてくるわけですね。

『坊ちゃん』に出てくる「ぽこぽん君」

 そんなウッチャンを見ていると、『坊っちゃん』(夏目漱石)のワンシーンを思い出します。30人あまりの刀の演舞集団を率いる太鼓の男に感心する場面です。  誰かの鼻を切り落としそうなほど狭いスペースで真剣を振り舞わす演舞では、全員の動きがシンクロしていないと大事故につながってしまう。その指揮を執っているのが、呑気(のんき)そうに太鼓を叩く「ぼこぼん君」だと分析するのです。 <三十人の足の運びも、手の働きも、腰の曲げ方も、ことごとくぼこぼん君の拍子一つで極まるのだそうだ。傍で見ていると、この大将が一番呑気そうに、いやあ、はああと気楽にうたってるが、その実ははなはだ責任が重くって骨が折れるとは不思議なものだ。> (『坊っちゃん』著:夏目漱石 青空文庫より)  ウッチャンには才能や技術の代わりに、このような徳が備わっていると思うのです。試験で高得点を取れるとか、目に見えて分かる能力とかでは計れない器の大きさ。人の上に立ち、滞りなくその場をまとめる役割は、上手くやるほど目立たないもの。  だから、無味無臭のウッチャンが重用されるのだと思います。 <TEXT/沢渡風太>
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