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「南の島は行っても、隣の県なんか行かないで」ーー鈴木涼美の連載小説vol.2

 その後ママは、「ママお代わりしよう」と言って今度はカップに入ったチョコチップのアイスをスプーンと一緒に持って来て、私にも分けてくれながら、「ミミちゃんとエミリも、そういう友達になりなさい。同じものを選ばなくてもいいから、お互いが何を選んでも気にしないで仲良くできるように」と言った。  常夏の島と言ったって雨の夜は涼しい。避暑という目的で作られた別荘タイプの家は開放的過ぎて、ワタシもママも肌がちょっと冷えていた。二つ目のアイスは二人ともそんなにすすまず、結局歯を磨いてピッピを観たところまでで止めて、ワタシはベッドルームに行くことにした。あまりカーテンのない家から見えるプールは暗く、ママのしていた話は結構いい話だったような気がしていた。 箱入り娘イラスト2 と思ったのは夏休みの終わりのこと。9月になって、また幼稚園に通うようになって、ワタシはいきなりママの言う「お互いが何を選んでも仲良く」に対する心の広さを試されることになった。 「驚かないで聞いてよ、エミリちゃん」  夏休み明けの幼稚園で、朝のミサとお歌の時間が終わった後、ミミちゃんが、たまにする、何かもったいぶったような、秘密を握っているような怪しい口調で近寄って来た。 「ワタシ、引越しをするの」 「え?どうして?」  正直に言って、引越しをする理由はその家庭の、少なくとも子供が決めることではないのは確かで、どうして、なんてミミちゃんに聞くのはお門違いだということはわかっていた。でもワタシは、今までワタシたちの宇宙だったあのマンションを、ミミちゃんが出て行っちゃうのであれば、せめて理由が欲しかった。 「わからないけど、カマクラってところに引っ越すの。マンションなんてない、山みたいなところ」  ミミちゃんは悲しいとか嬉しいとかいう表情はせずに、なぜか少し恥ずかしそうにそう言った。今まではうちが13階、ミミちゃんは6階、毎日、エレベーターに乗ればすぐに会える場所にいた友達が、どこだか知らないけど結構遠くに引っ越しちゃうなんて、さっちゃんの歌みたいでワタシはとても悲しかった。 「カマクラって時差はどれくらいなんだろうね」 ワタシが残念そうにそう聞くと、「それはワタシもまだよくわかんない。でも一時間もないと思うよ」と返された。  家に帰ってママに今度はワタシがもったいぶって報告したら、ママはそんなこととっくに知っていたらしく、ワタシはちょっと大人の秘密にうんざりした。それでも、カマクラは東京の隣の県にある、「いいところ」で、ミミちゃんのパパのような仕事の人がたくさん住んでいて、時差もないということは教えてもらった。 「それでね、エミリ、実は私たちも引っ越すことになったのよ」  ママが衝撃の告白をしたので、ワタシは一瞬目が点になったのだけど、実際はうちの場合は川沿いに歩いてすぐの同じ月島に今まさに建設中の30階建の新しいマンションに移る、というだけだった。今度のおうちは29階で、前にみんなで船に乗って見た花火も家から観られるよ、なんて呑気にいうママを尻目に、そういえばミミちゃんは、今度のおうちはマンションじゃなくて二階建て地下室まである一軒家だと言っていたな、と思った。  13階と6階、ビジネスクラスと安い飛行機の差から、真新しいマンションの29階と一軒家の一階。ママがいうように、お互いがどんなものを選んでも仲が良い、を体現するにはいかにもな感じで違いが大きくなった気がした。でもいよいよ、どっちが高いとか安いとか、これがどういう差なのかは、不明になった気もした。 <文/鈴木涼美 撮影/石垣星児 挿絵/山市彩>
鈴木涼美
(すずき・すずみ)83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、『おじさんメモリアル』(小社)など。最新刊『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』(集英社)が発売中
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