「南の島は行っても、隣の県なんか行かないで」ーー鈴木涼美の連載小説vol.2
粉を買ったあと、実はフードコートの中華料理専門のデリで、ワタシは一旦おかずを三つ選んで買ってもらったプレートランチを思いっきりトレーごとひっくり返して大恥をかいたのだけど、もう一度同じものを買ったらお店の人が同情してだいぶ安くしてくれたらしく、ママは怒りながらもちょっと機嫌を取り戻していた。
「飛行機の乗り換えって四時間もかかるの?」
ワタシがミミちゃんに聞いたら横からママが「エミリも前に乗り換えたことあるでしょう、ハワイ島に行くときは乗り換えだよ」と言った。確かに大きな飛行機から小さな飛行機に乗り換えたような記憶がぼんやりあるけど、空港なんかで四時間も待たされた記憶はなかった。
「あれはね、もともと時間の空いた乗り換え予定だったのに、羽田から出た飛行機がちょっと早く韓国について、次の飛行機がちょっと遅れて、余計に待ち時間が長かったんだと思うよ」
とミミちゃんのママがチキンにかぶりつきながら言った。「ま、安い経由便だから文句はないけどさ」と付け加えながら。
ワタシはフランスには行ったことがないけど、イギリスには行ったことがあって、そのときは乗り換えなんてしない、いつものビジネスクラスだった。ただ、ミミちゃんのママの前でそんなこと言うのは悪い気がして、そこでは黙ってエビとマヨネーズを和えたような炒め物とチャーハンを食べるのに集中した。
それから、ミミちゃんのママはミミちゃんのパパと合流して何処かへデートに行って、ミミちゃんはうちのママの車で一緒にうちに来ることになったのだけど、日曜日のアニメでやっていた「若草物語」のテーマ曲に合わせてダンスを考えて、ハワイに置いてあるワタシのクローゼットの中で一番派手なドレスを二人で着て、ティンカーベルの粉をたまに振りまきながら踊っていたら、あっという間に時間が過ぎて、ミミちゃんの両親が迎えにきた。
ミミちゃんが帰った後、ワタシはママと二人で毒々しい赤色のアイスキャンデイを半分ずつ食べながら、ビデオで「長靴下のピッピ」を見ようと言うことになった。最初にピッピにハマったのはミミちゃんの方で、一時期はビデオの中のピッピを真似て髪を二つ結びにしていた。
「ミミちゃんも帰りは一緒の飛行機で帰りたいな」
赤毛のピッピが馬を持ち上げる場面を見つめながら、ワタシはママと二人っきりでいる時間にも飽きてなんとなくそう言った。
「ママが、ミミちゃんのぶんもビジネスクラスのチケットを買ってあげれば?」
最初は「一緒なら楽しいね」なんて言っていたママだったけど、ワタシがそう提案したら、「席が違うだけじゃなくて、便も飛行機の会社も違うから、それじゃミミちゃんがパパとママと別々に帰らなきゃいけなくなっちゃうよ」と言った。
「ミミちゃんちも、いつかはビジネスクラスに乗るようになるの?」
ワタシが言うと、ママはちょっと間を置いて、ワタシの方を見て、でもピッピのビデオは流したままで長々と話した。
「ミミちゃんのママは例えば今よりお金持ちになってもビジネスクラスには乗らないんじゃないかな。そもそも、うちのパパと違って、ミミちゃんのおうちは年ごとに今年はすごくお金持ち、今年はそうでもない、って変わるお仕事じゃないしね。エミリのママは飛行機はビジネスクラスがいいし、お家のない海外に行くときはヒルトン以上のホテルの広いお部屋がいいけど、ミミちゃんのママは一番安い飛行機探して、一番安いホテルを探して、それでうちの10倍美術館や舞台を観に行くのが好きなんだと思うよ。で、私はミミちゃんのおうちが別にビジネスクラスに乗らなくても、シェラトンより安いホテルに泊まってても、全然気にしない。その現地で会えば一緒に楽しく過ごしたい。ちょうどミミちゃんのママが、私がビジネスクラスに乗ろうが、ヒルトンのスイートに泊まっていようが、全く気にしていないのと同じで。だから仲がいいの」。