サザンが紅白”大トリ後のラスト”に、ファンからも困惑の声
12月も半ばを過ぎ、紅白歌合戦の概要が見えてきました。5年ぶりに特別枠で復帰する北島三郎(82)が「まつり」を披露する他に、サザンオールスターズも同じ特別枠での出場が決まったとのこと。
しかし、これに各方面から疑問の声があがっているのです。
まずは登場順。紅組・白組それぞれの大トリが歌い終えたあとに満を持して登場する「最終歌唱者」に内定したという報道に、違和感を覚える人が見受けられました。
面白かったのは、ヤフーコメント欄やSNSを見ると、多くのサザンファンからも“NO”と言われていたことです。ひとつは「特別出演なのに大トリの後というのはおかしい」という声。さらに「やっぱ最後はサブちゃんの「まつり」でしょ」、という意見が大半でした。
そりゃあのあとにもっと盛り上げろってのもなかなか難しいですよね。桑田佳祐(62)がソロで「祭りのあと」を歌ったとしても……。
確かに平成最後のスペシャル感は強調したいところなのかもしれませんが、逆にそういうときほど淡々と普段通りにやった方がピリッと引き締まるものですよね。
やっぱりそこはベタにサブちゃんでよかったんじゃないの? これが大方の感想なのだろうと思います。
次に、理屈では説明し難い、“納得感”について。「まつり」を歌う北島三郎という絶対的な説得力に、サザンオールスターズが並び得る存在なのかどうかは、意見の分かれるところなのではないでしょうか。
もちろん、サブちゃんのほうがサザンよりもエラいと言いたいわけではありません。1年の終わりに「まつり」が流れるのと、「いとしのエリー」か「勝手にシンドバッド」が流れるのと、どちらがより納得できるかということですよね。音楽の優劣ではなく、それぞれの曲が持つ効能の問題と言えばよいでしょうか。
老若男女のあらゆる感性に対して、「まつり」がカバーする範囲と、サザンの楽曲がカバーする範囲とでは、かなりの差があるような気がします。ざっくり言うと、民族の性分をわしづかみにする北島三郎と、一個人や市民の心情を描き出すサザンの違いでしょうか。
その意味において、「まつり」には人をひとまとめにする圧倒的な力があるわけなのですね。普段演歌になど見向きもしないのに、あのイントロが流れてきた瞬間に、得も言われぬ安心感を覚える。そんな若い人もいるんじゃないでしょうか?
サブちゃんなら「まつり」以外でも「帰ろかな」だとか、他の歌手なら「あの鐘を鳴らすのはあなた」(和田アキ子)のように、あらゆる年代の様々な視点や感情を包み込む、大きな楽曲こそがその年を締めくくるに相応しい。いまだにそう感じる人が多いから、サザンの「最終歌唱者」内定報道に異論が続出したのかもしれません。
というわけで、サザンの出演順をずらせないのならば、せめてサブちゃんも最後にもってきて、サザンとの共演で「まつり」をやってくれたらいいのになぁ。音楽がめでたいっていうのは、そういうことなんじゃないかと思うのです。
<文/音楽批評・石黒隆之>
⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
【サザンオールスターズの出演が決定!】
— NHK紅白歌合戦 (@nhk_kouhaku) 2018年12月12日
「第69回NHK紅白歌合戦」特別企画として#サザンオールスターズ の出演が決定しました。
今年デビュー40周年を迎えたサザンオールスターズが
平成最後の紅白の舞台に登場!
NHKホールでの歌唱は35年ぶりとなります。#NHK紅白 https://t.co/3tRoQuFdHI
特別出演で「最終歌唱者」って何?…ファンも困惑
いっそ北島三郎&サザン共演の「まつり」で平成を締めくくれば
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4