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「私を離さないで、なんて言わないよ絶対」ーー鈴木涼美の連載小説vol.3

箱入り娘の憂鬱vol.3 春休みに入って、いよいよもうすぐイギリスへの引っ越し、っていう時期に、ワタシはミミちゃんのいるカマクラまでママと一緒に訪ねることになった。いつも思うのだけど、1年間くらい会っていなかった人に会うのって、緊張するとか嬉しいとか気まずいとかいうより、ただただ何となく気恥ずかしい。その日も、ワタシは思いっきり照れながら駅の改札口で、ミミちゃんのママと一緒にパパの車に乗って迎えに来たミミちゃんと再会した。  幼稚園時代には同じくらいの髪の長さだったのに、カマクラに引っ越してからというもの、ミミちゃんの髪はずっと肩につかないくらい短い。学校の決まりだと言うけれど、丸顔で肌が少し浅黒くてちょっとぽっちゃりしたミミちゃんは、髪の毛は長いほうが似合うと思う。それをミミちゃんのママに言ったら、私もそう思う、髪の毛なんて人によって質も量も色も違うのに、肩についたらダメなんていう規則は変だよね、って同意してくれた。それから、エミリはそうやって人と違うことを愛せない大人になっちゃダメだよ、って言われた気がしたけど、それにウンと答えたら、今度はミミちゃんに悪い気がしてワタシは何も言わなかった。  カマクラのミミちゃんのお家は、幼稚園の頃に一緒に住んでいたマンションの部屋よりも、今うちが住んでるタワーマンションよりもずっと大きいけど、東京から延々と1時間近く電車に乗って、さらに駅からタクシーや車に乗らないとたどり着かない、秘密基地みたいな場所にある。訪れるのはもう3回目だったと思う。最初に来た時にはママが、海沿いの大きなホテルに部屋をとったのだけど、わざわざ泊まりで出かける必要もないし、いざとなったらミミちゃんの家のゲストルームに泊まればいい、ということがわかって、その次からは別に宿の確保はしていない。  ミミちゃんの家に行く前に、ワタシとママはミミちゃんが乗って来た車に乗り込んで、駅から15分くらいのところにあるお店でみんなでローストビーフを食べることになっていた。カマクラに住んでいるミミちゃんはもう何度もそのローストビーフを食べたことがあるのだと思っていたけど、七五三のお祝いにおばあちゃんたちが来た時以来、2回目だったらしい。ローストビーフは大きなお肉の真ん中に赤い血が滴っている箇所が残っていて、食いちぎりにくかった。  幼稚園の頃、ワタシもミミちゃんもまだマンションと幼稚園の中くらいしか自由に歩きまわれなくて、それでも十分に探検したり未知との遭遇をしたりできる気がした。たった13階建のマンションの中にも、知らない場所はたくさんあって、知らない人もたくさんいて、一人でウロウロするには怖いくらいで、だから二人でタッグを組んで、毎日色々な冒険をしていたし、ワタシはなんとなくそうやって日々新しいものと出会いつつ、タッグを組んだ友達と絆を深めつつ、身体が大きくなって行くのがオトナになるってことだと思ってた。  ちょっと久しぶりに会うミミちゃんは、相変わらずちょっと浅黒くてショートカットは似合っていなくて変なところで爆笑して時々ぼーっとする癖も変わっていなかったけど、昔は二人とも口パクでごまかしていたのに、ご飯の前に「天にまします」、なんてお祈りをするし、普段学校に行く時が制服だからか私服のセンスが鈍ってるし、校長先生を「校長様」なんて言う変な言葉遣いになっていた。マンションの中の冒険よりワタシたちはずっと広い世界で自由に歩き回れるようになって、ワタシは30階建ての、昔の倍以上大きいマンションに住んでいるし、ミミちゃんの住んでる一軒家は庭から空き地、さらに山とか川とかに繋がっていて、学校には幼稚園の何倍もの人たちが年齢層も幅広く集まって、体育や音楽には専門の先生がいて、でも、二人で毎日同じ場所を探検していた頃より、なんとなく不自由になった気がして、ちょっと寂しかった。  ローストビーフを食べ終わってミミちゃんの家に移動すると、ミミちゃんのママが隣のおばさんが作ったケーキ、と言って不恰好だけど美味しいチーズケーキを切り分けてくれた。うちのママも滅多に作らないけど、ワタシの知る限りミミちゃんのママがお菓子を作っているのは見たことがない。そもそも脚がグネッとした木製のソファセットのある部屋は、手作りケーキよりもなんかツルッとした既製品のチョコレートケーキなんかが似合いそうだった。  ママたちがオトナの話を始めたので、ワタシがミミちゃんの部屋に移動しよう、と言うと、ミミちゃんは外に行こうと言った。探検は昔は好きだったけど、ミミちゃんの家の周りは探検するには本格的すぎる。靴もバレエシューズとかツヤっとしたベルト付きの靴じゃなくて、山登り用の運動靴が見合う感じ。でも天気も良かったし、ワタシたちはさっきと同じコートを羽織って、家の外に出た。
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そして…
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