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「私を離さないで、なんて言わないよ絶対」ーー鈴木涼美の連載小説vol.3

 山や川を歩くには靴もスカートも不似合いだったので、バス停の近くにあるお菓子屋さんまで歩いて、店の前にある自動販売機でワタシはソーダ割りのカルピスを、ミミちゃんはオレンジのファンタを買って、神社の境内の段差に座ってなんとなく飲んだ。探検という感じはしなかった。 「イギリス、遠いよね。友達いないの嫌じゃない?」 「うーん、確かに。でも学校にお菓子持って行ったり、髪の毛にビーズをつけて行ったり、耳にピアスの穴を開けたりしてもいいんだって。今の学校、担任のオババも副担任のメガネくんも厳しいんだ」 「聖歌とか歌うの?」 「うん、幼稚園と同じ歌も何曲かあるよ、マリアさまの心、とか、しずけき、とか」 そんな話を持て余しながら、ワタシが「イギリス行くの反対しなかったの?」って聞いたら、ミミちゃんは「した、ような気がするけどもう決まってたし、そんなにしなかった」と言った。そうだよね、どうせそんなことって決まっちゃってることだもんね、前の引っ越しだってそうだし、勝手に決まっちゃってて、言っても意味ないもんね。  ワタシは同意されるのを前提で、そんなことを特に熱も入れずに言ったんだけど、ミミちゃんは「違うかも」という顔をしていた。 「言っても意味ないっていうか、私がさ、例えば泣いて反対したら、ほんとにイギリス行く予定が変わっちゃう感じがして、それは怖いじゃん。多分大事な予定なのに。パパの仕事だから。本気で行きたくないって言ったら、予定が変わっちゃって、ママとかも楽しみにしているっぽいから、それは嫌だなって思ってた」  ワタシはミミちゃんが本気で反対しても予定が変わることはないと思ったけど、そこまで詳しく反論するつもりはなかった。うちはマンションを引っ越して、タワーマンションに移ってから、パパが帰ってくる頻度がめっきり減ったんだけど、ワタシがもっとたくさん帰って来てって言ったって、別にそれは変わらないと思う。  ミミちゃんのママは泊まっていけばいいのに、って言っていたけど、ワタシは次の日に塾の面接に行く予定があったし、ミミちゃんたちも大きな引っ越し前で忙しいだろうから、ってことでワタシは暗くなってからママと東京のマンションに戻った。帰りの電車の中で、ママは二年のうちにイギリス行けたらいいね、と言ってたけど、うちの海外旅行は相変わらずハワイかプーケットかニューカレドニアで、寒い、海のない場所に行くっていう想像がつかなかった。そもそも、イギリスは10時間以上飛行機に乗るらしいから、ただでさえ飛行機嫌いのワタシには無理かも。ハワイだって飛行機で眠れないと、途中で泣きたくなるくらい長いって思うんだから。  でも、動機はちょっと違うけど、ワタシもミミちゃんも、家族の大きな予定に、気が進まないことがあっても、泣いて反対しないっていうところは似てるんだなってちょっと思って、イギリスから帰ってきたらますます趣味とか習い事の予定とかが合わなくなって大変かもしれないけど、やっぱりちょっと会いたいなって思った。とりあえず、最近減ってた手紙くらいは書こうかな。(続く) <文/鈴木涼美 撮影/石垣星児 挿絵/山市彩> 【鈴木涼美(すずき・すずみ)】 83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』、『おじさんメモリアル』など
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