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モードの「皇帝」死去、水原希子など人気モデルがインスタで追悼

 シャネルやフェンディといった高級ファッションブランドでデザイナーとして活躍し、長年にわたりモード界の「皇帝」として影響力を発揮してきたカール・ラガーフェルドが死去した。85歳だった。  カールは先月、パリで開催されたシャネルのファッションショーを締めくくる最後の挨拶を疲労を理由に欠席したため、体調が心配されていたところだった。
カール・ラガーフェルド

85歳で死去したカール・ラガーフェルド

 数週間前から体調を崩していたとされるカール。フランスの「クローサー誌」によると、カールは18日(月)夜、パリの病院に搬送され、翌朝に息を引き取ったという。  カールは、1933年9月10日にドイツのハンブルグで生まれた。  22歳の時にデザイン・コンクールで優勝し、ピエール・バルマンのアシスタントとしてファッション界に仲間入り。その3年後にバルマンを後にし、フリーランスデザイナーとしてデザインを発表したが、当初のコレクションの評価はいまひとつ。意外にもキャリア当初は苦労したという。  その後はブランドを渡り歩き、クロエと契約。徐々に才能が認められるようになり、フェンディでもデザインを担当するように。のちにヘッドデザイナーに就任したシャネルから声がかかった時は、乗り気でなかったという。カールは当時をこう振り返っていた。 「当時すでにフェンディとクロエで評判を築き上げていたし、『シャネルはやめとけ、ひどいぞ』って言われていたんだ」 「僕が(シャネルに)入った時、彼女(ココ)が亡くなって10年経っていたけど、皆彼女が残したものに敬意を払うばかりだった。メゾンをダメにするのは、(彼女への)敬意ということさ」
 ガブリエル・シャネル亡きあと低迷したシャネルを再興させたカールは、年間最大8コレクションを手掛けたほか、フェンディのクリエイティブ・ディレクターを兼任、さらに自身の名前を冠したレーベルも立ち上げた。  一流ファッションブランドで活動しているイメージが強いカールだが、ファストファッションのH&Mやコカ・コーラ、シュウ ウエムラなどとコラボしたり、西武・そごうと共にプライベートブランドを展開するなど、様々な方面で鬼才ぶりを発揮してきた。

「細身のスーツ」を着るために13か月で42kg減量

 カールといえば、ダークな色のスーツにポニーテールにまとめた白髪、そしてサングラスがトレードマーク。これに関し本人は以前こう話していた。 「僕は自分の風刺画のようなものだ。それが好きなんだ」
 いまでこそ細身のスーツにポニーテール、サングラス姿でビシッと決めているカールだが、過去には100kg超えしていた時代もあったという。 「ディオール・オム」の細身のスーツが着たいという理由でダイエットを決行し、13か月で42kgまで落としたことは有名な話。脂肪分は一切取らない、運動はしない、蒸し野菜とダイエットコークを摂取する…などユニークなダイエット法は話題となり、本まで出版された。 42kg減!華麗なるダイエット そのとき「服があなたに合わせるのではなく、あなたが服に歩み寄るのです」という名言を残したというカール。  このモード界のレジェンドがファッション業界に与えた影響は計り知れないが、ブランドの顔としてキャットウォークを歩くモデルたちにとっても特別な存在だったようだ。  ケイト・モスなどのスーパーモデルを発掘してきたといわれているカールだけに、今回の訃報はモデルの間でも衝撃が広がっている。水原希子はインスタグラムにカールとのツーショット写真をアップし追悼している。
「Karl Lagerfeld… 今まで カールがこの世界に残してくれた 数えきれいほどの芸術たちは、これから先もずっと人々のインスピレーションとなり、強さとなり、癒しになり、愛され続けるでしょう。安らかに」  また、木村拓哉の娘でモデルのKoki,も「レジェンドを失ったことに、とてもショックを受けています。カール、どうか安らかにお眠りください」とインスタグラムに英語で追悼文を寄せた。  カールは生前、飼い猫のシュペットちゃんを溺愛していたといわれており、莫大な遺産の一部を相続させる考えを示したといわれている。もしシュペットちゃんが相続したら世界一リッチな猫になる可能性があるが、フランスの法では猫への遺産相続は認められていないそうだ。しかし、これについてカールは「私はフランス人ではないから大丈夫」と語っていたという。 <文/BANG SHOWBIZ、女子SPA!編集部>
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