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映画『翔んで埼玉』が大ヒット。埼玉ディス漫画誕生のヒミツを作者・魔夜峰央に聞く

 二階堂ふみとGACKTがW主演を務める『翔んで埼玉』が、まさかの大ヒット中です。2月22日の公開から10日間で約74万人を動員し、その勢いが止まりません。
『翔んで埼玉』公式サイト

『翔んで埼玉』公式サイト(東映)

 原作は、魔夜峰央(まや・みねお)さんによる同名漫画。雑誌掲載から30年以上経った2015年に復刊された『このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉』(宝島社)は、累計70万部を突破しました。 翔んで埼玉 全編にわたり埼玉に対する痛烈なディスりのギャグが描かれた『翔んで埼玉』。埼玉と東京の間には関所があり、埼玉県人が東京で発見されると「埼玉狩りだー!」と叫ばれ追われてしまう。埼玉県人は肥だめの臭いがするとか、サイタマラリアという恐ろしい感染病があるとかと、とにかく埼玉ディスりが凄まじい。 (ちなみに魔夜峰央さんの代表作『パタリロ!』は2018年に100巻が発売になり、少女マンガ最多巻数を誇っています。その『パタリロ!』も、舞台化に引き続き、加藤諒主演の実写映画が今年公開される予定です)。
魔夜峰央先生

魔夜峰央先生

 私は代々所沢の家系で、所沢生まれ・所沢育ちの純血埼玉県人なのですが、大ブレイク中の魔夜峰央先生に、お話を聞いてみました。

昔はあの程度の悪口で炎上なんかしなかった

――昔は、マンガ界ではエスパーが迫害されたり、みなしごがいじめにあったりと、迫害や差別がよくテーマになっていました。『翔んで埼玉』は、今だったら取り上げられにくいテーマではないでしょうか。 魔夜「当時は認められる範囲の表現だったんですね。私の『翔んで埼玉』もその時代だったと思います(そこまで目立たなかったです)。大した悪口じゃなかったんですよ。  今、時代が変わってモノを言えなくなってるから、逆に目立つようになっちゃった。時代が変化して、昔はスルーされてた作品が脚光を浴びるようになってしまったんですね」
翔んで埼玉

『翔んで埼玉』より(C)魔夜峰央

――逆に今だと炎上してしまうかもといった心配はあったのでしょうか。 魔夜「私自身が炎上するような環境にいませんので。まだガラケーですし、パソコンも持っていないし、一切ネットを使う環境にいないのでわかりませんが……炎上しないのは、あまりにも使い古されてる言葉だけど、やっぱり愛ですね」 ――愛はめちゃくちゃ感じます! 先生は作品の中で『ガラスの仮面』のパロディをやったり、『ポーの一族』や『風と木の詩』といった大作をネタにしていますが、ファンからはなにか言われたことはありますか? 魔夜「萩尾さんのポーを自分のマンガ内で登場させたときにはカミソリが来ましたが、それだけですね。クックロビン(パタリロが歌うクックロビン音頭)も事後承諾ですからね」

描いたきっかけは「ぜんぜん覚えてない」

――話は所沢に戻りますが、どのあたりにお住まいだったのでしょうか? 魔夜「住所で言うと、所沢市大字牛沼字牛沼です」 ※大字とか小字は、田舎の住所の象徴と言われてます。ちなみに市民は大字だの字だのは省略して表記します。
『翔んで埼玉』より 所沢(C)魔夜峰央

『翔んで埼玉』より(C)魔夜峰央

――所沢で行きつけの店とか、なにか思い出はありますか? 魔夜「ぜんぜん覚えてない。所沢の駅前に書店が2軒あったくらいでしょうか」 ――雑誌掲載時、80年代は東京ディズニーランドができたりして、埼玉と田舎争いをしていた(と埼玉県民は勝手に思っていた)千葉がどんどん開発されていき「ダ埼玉」なんて呼ばれていた時期でした。作品を描いたきっかけや理由は何だったのでしょうか? 魔夜「ぜんぜん覚えてないです」

版元幹部に見張られてたうっぷん晴らしかも

――実はうちの実家の裏に、白泉社の社長さんが住んでいたんです(白泉社=当時「パタリロ!」や「翔んで埼玉」が連載されていた『花とゆめ』の版元)。 魔夜「当時、所沢には社長のほかに副編集長もいたんですよ。見張られてるような感じで、そんな閉塞感があったかもしれないですね。それで後から考えるとうっぷんを晴らすために描いたのかな? とは思いますけどね。実際にどうだったのかは分からないけど」 魔夜峰央先生――連載が終わってしまったのは、なにか理由があるのですか? 魔夜「横浜に引っ越したからです」 ――ずいぶんとかっこいいところに引っ越されましたね。 魔夜「所沢に比べたら、たいていかっこいいです」 ――ひどい……けれど、そう言われて喜んでいたりもして。 魔夜「こういうディスりを、埼玉県民だけが笑って許してくれるんですよ」 ――(……確かに!)
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世界中に“千葉 vs 埼玉問題”がある
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